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日本における新聞は,幕末に誕生し,明治に入ると政治や社会に影響を与えるようになる。明治期における新聞の展開について,政治との関わりにも触れつつ,具体的に述べなさい(200字程度)。


<解法の手がかり>

問われているのは,明治期における新聞の展開。条件として政治との関わりにも触れることが求められている。
「展開」を説明することが求められているので,当初は政論中心の大新聞と娯楽中心の小新聞,1890年代以降に政治・経済などの報道中心の総合的紙面をもつ商業新聞が部数を伸ばす,という時期による違いが説明できればよいのだが,これは難しい。
そこで,この展開に即した解答例と,自由民権運動や朝鮮問題の緊張(甲申事変),条約改正問題,日露戦争といった主な政治課題に即しつつ具体的な新聞名を列挙した解答例とを用意してみた。

◎維新当初
☆金属活版印刷が発達(←本木昌造が鉛製活字の鋳造に成功)
◦日刊紙の登場(『横浜毎日新聞』など) 
◎1870年代半ば〜80年代
大新聞と小新聞の2種類があった
◦大新聞=政治(政治評論)が中心
◦小新聞=娯楽や庶民向けの読み物が中心
自由民権運動の展開,朝鮮問題の緊張,条約改正問題をめぐって独自の主張を展開=大新聞
◦自由民権運動期
 民権派=『郵便報知新聞』『自由新聞』など ↔ 政府支持派=『東京日日新聞』(福地源一郎)
◦朝鮮問題での緊張(甲申事変)
 『時事新報』(福沢諭吉)が脱亜論を説く
◦条約改正問題(井上外交)
 『日本』(陸羯南)が政府を批判=ナショナリズムの立場から
◎1890年代
☆輪転印刷機の普及 ◦政治・経済などの報道中心の総合的紙面をもつ新聞が現われる=大新聞と小新聞の性格を兼ねそなえた商業新聞
→小説もさまざま連載される 例)日清戦争後に尾崎紅葉ら,日露戦争後には夏目漱石ら
※ここは難しい(山川『新日本史B』には記載があるが)
◎日露戦争期(1900年代)
多くの新聞が主戦論を唱える=世論をあおる
例)『国民新聞』(徳富蘇峰)や『万朝報』(黒岩涙香)


<解答例>
明治期,新聞は金属活版印刷の普及を背景として発達した。1870年代半ば以降,自由民権運動が展開し,朝鮮情勢や条約改正をめぐって緊張が生じるなか,政治評論を中心とする大新聞がそれぞれ独自の主張をくり広げる一方,庶民には,従来の瓦版を引き継いだ娯楽中心の小新聞が広まった。1890年代以降,輪転印刷機の普及にともない新聞は発行部数を増やし,世論の形成や文芸の普及などに大きな役割を果たした。日露戦争前後には多くの新聞が主戦論を唱えて世論をあおった。(218字)
(別解)金属活版印刷の普及とともに『横浜毎日新聞』を始めとして日刊紙が創刊された。新聞には主に政治を扱う大新聞と娯楽を中心とする小新聞の2種類があった。大新聞では,自由民権運動にともない『郵便報知新聞』や『東京日日新聞』などがそれぞれの立場から政治主張をくり広げ,朝鮮で甲申事変が起こると『時事新報』が脱亜論を唱えた。井上馨外相の条約改正交渉をめぐっては『日本』などが政府批判を展開し,日露戦争期には『万朝報』などが主戦論を唱えた。(212字)