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年度 2019年

設問番号 第4問

テーマ 第一次世界大戦期と1950年代前半の経済状況/近代・現代


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設問A
問われているのは,⑴に示された第一次世界大戦期の機械工業の活況がなぜ生じたのか。条件として,機械類の需要や貿易の状況に留意することが求められている。

まず,機械工業とは何かを確認しておきたい。
問題文では力織機や小型ポンプ,紡績機械,耐久消費財があげられ,資料文⑴では兵器や船舶,資料文⑵では電源開発に関連した機械類や小型自動車,スクーター,蛍光灯,船舶(大型タンカー),繊維機械,ミシン,自転車,エンジン,カメラ,双眼鏡が列挙されている。
これらを総合すれば,機械工業は,力織機や紡績機械,ミシンなどモノを製造するための機械の製作だけでなく,船舶や自動車,自転車など輸送に関わるもの,カメラや双眼鏡など精密機械,そして兵器などの製作を含む,幅広い分野を包括する工業部門である。
つまり,重工業のうち,鉄鋼など金属工業を除いた部門である。

次に,資料文⑴の内容を確認したい。
資料文⑴
◦ヨーロッパの大戦が日本の工業界に好影響をもたらした
◦兵器や船舶,その他の機械類の生産が最も顕著に発展

ここで具体的な品目としてあげられているのは,兵器と船舶,その他の機械類である。そこで,これらの生産とヨーロッパの大戦=第一次世界大戦の影響とはどのように関係があるのかを考えていこう。
第一次世界大戦の勃発にともなって大戦景気が生じた。その背景は輸出の急増と,ヨーロッパ諸国からの輸入の途絶であった。
輸出の急増については,次の3つが要因である。
◦ロシアやイギリスからの軍需
◦ヨーロッパ諸国が後退したアジア市場への綿製品などの輸出増加
◦戦争景気で好況なアメリカへの生糸などの輸出増加
他方,ヨーロッパ諸国から輸入が途絶したものに,機械類・鉄類などの重工業製品,染料・肥料・薬品などの化学工業製品があった。
これらの状況のうち,機械工業(兵器や船舶,その他の機械類の生産)の活況と関連づくのは,まず,次の2つである。
◦軍需の増大 →兵器や船舶といった軍需品の生産が増大 ……ア
◦綿製品や生糸の輸出増大 →繊維工業での生産が増大 ………イ
アはそのまま機械工業の活況に直結するが,イは直結しない。しかし,生産の増大が工場設備の拡張につながることを想起し,そして,ヨーロッパからの機械類の輸入が減少していたことを考えれば(問題文で紡績機械など大型機械の輸入に言及している点に注目したい),紡績機械などで輸入代替工業化が進んでいたことを推論することができるだろう。
つまり,第一次世界大戦にともなう世界市場の変化は,機械工業に新たな輸出市場を提供しただけでなく,国内市場を増大させたのである。
それだけではない。輸出の急増が海運業の発展につながり,船舶の需要が増大したことにも注目したい。
また,第一次世界大戦期が蒸気力に代わって電力が普及した時期であることに注目すれば,電気機械の生産が増加し,国産化が進んだことに触れてもよい。

類題として,「輸入・輸出・国内市場の3つの側面での変化がわかるように」との条件をつけた2008年一橋大をあげることができる。

設問B
問われているのは,サンフランシスコ平和条約が発効した直後の時期の機械工業の活況はどのような事情で生じたのか。条件として,機械類の需要や貿易の状況に留意することが求められている。

まず,時期から確認したい。
サンフランシスコ平和条約が発効したのは1952年であり,また出典の通商産業省重工業局『機械器具工業の概況と施策』は1953年発行であり,ともに朝鮮戦争(1950年勃発)の最中である。
ここから,朝鮮戦争の勃発に伴ってアメリカ軍が国連軍として朝鮮へ出動したことにより兵器・弾薬の製造,自動車の修理などアメリカ軍による特需が発生し,日本経済が活況を呈したこと(特需景気)を想起することができる。
とはいえ,ここで思考をとめて答案を作ってしまうと,資料文⑵をほぼ全く参照していないことになる。資料文⑵の内容もしっかり確認しておこう。
資料文⑵
◦近来特に伸びが著しい:
 電源開発に関連した機械類
 小型自動車,スクーター,蛍光灯など新しい機械
◦輸出が好調:
 船舶(大型タンカー)が輸出の主力
 繊維機械,ミシン,自転車,カメラ,双眼鏡など比較的軽機械に類するもの
ここで注目したいのは次の点である。
◦小型自動車はあるものの「トラック」がないこと …a
◦「兵器」がないこと ……………………………………b
◦伸びの著しい分野として最初に「電源開発に関連した機械類」があがっていること …c
◦輸出の主力として「船舶(大型タンカー)」があがっていること ………………………d
aとbを考えれば,特需景気の最中だとはいえ,アメリカ軍による特需が直接,資料文⑵にみられるような機械工業の活況をもたらしたわけではないと判断できる(したがって特需景気にふれない解答も十分可能である)。
したがって,cやdに焦点をあて,機械工業の活況をもたらした事情を考えることが不可欠である。
まず,cから水力発電所の建設を想起したい。
電力業は,日中戦争期からの電力国家管理が終わって民有民営形態の地域別9電力体制に再編され,それを支えて電力を安定的に供給するため,佐久間や奥只見などに大規模な水力発電所の建設が進んでいた。
次に,dから石油の貿易取引きの活発化を想起したい。
第二次世界大戦後は中東,なかでもペルシャ湾岸のサウジアラビアやクウェートで大規模な油田の開発・採油が本格化し,アメリカ・イギリス系の国際石油会社が石油の採掘から流通までを支配する体制を作りあげ,安価な石油を世界に供給していた。こうしたなかで日本でも石油化学や合成繊維など新しい産業が登場し始めていた。
ここまで考察を進めることができれば問題ないが,もう一点,「新しい機械」との表現があることにも注目しておきたい。
この時期には政府の保護策をバックに鉄鋼や造船,自動車などの業種で合理化が行われ始めたことも意識しておきたい。大規模な労働争議をともないつつ,アメリカの先進技術が導入されて技術革新と設備の更新が進み始め,日本経済が高度成長へ向かう前提が整い始めていたのがこの時期だったのである。


(解答例)
A大戦の勃発により軍需品や綿製品などの輸出が急増する一方でヨーロッパから機械類の輸入が減少したため,兵器や船舶の生産が盛んになり,工場設備の拡張に応じて機械類の国内生産も増大した。(90字)
B朝鮮戦争にともなって特需景気が生じた上,合理化が促進されて設備が更新され,電力の安定供給をめざして水力発電所の建設が進み,中東での油田開発を背景に石油の貿易取引きが増大していた。(90字)
(別解)B合理化・技術革新が進んで設備が更新されると共に,電力の安定供給をめざして水力発電所の建設が進み,中東での油田開発を背景に石油の貿易取引が増大し,国内外で個人消費が拡大していた。(90字)