過去問リストに戻る

年度 1992年

設問番号 第3問

テーマ 文化・文政期の出版文化とその背景/近世


問題をみる
設問の要求は、文化・文政期(1804年〜1829年)に書籍や版画の出版が盛んになった原因。条件として、時代的背景にふれることが求められている。

この設問で取り上げられている時期が文化・文政期なのだから、まず最初に(1)文化・文政期の文化の特色を確認しておく必要がある。
その上で、書籍や版画の出版がさかんになった原因を考える際、(2)どのようなものが出版され、(3)誰によって享受されたのか、を明確にする必要がある。

(1)文化・文政期の文化の特色。
ひとことで表現すれば、“江戸”を中心とする“中下層の町人”を主役とする文化である。
●“江戸”が中心。
元禄期とは違い、文化・文政期には江戸が文化の中心地となるにいたったが、その背景には江戸地廻り経済圏の成長にともなう江戸の繁栄・経済的地位の向上がある。関東各地に手工業産地が次々と生まれ、株仲間以外の在郷(在方)商人らによって安価な商品が江戸へともたらされるようになっていた。

●“中下層の町人”が主役。
18世紀後半以降、江戸などの都市では商家の奉公人も増加し、出稼ぎ農民や無宿などが流入し、中下層の町人が増加していた(三省堂の『詳解日本史B改訂版』p.192 では「江戸の人口の大半を占める」とまで表現されている)。文政期に品位の劣った文政金銀が大量に鋳造・流通されたことで経済活動がさらに活発となるなか、貧しい中下層の町人もその生活水準を向上・安定させ、さらに寺子屋の普及を背景に識字率も向上していた。
このことは、書籍・版画の新たな購買層が拡大したことを意味しており、上記の(3)書籍・版画の享受者に関するデータである。なお、貸本屋を通じた書籍の安価な流通が普及したことは書籍の購読層を一層拡大していた。

なお、「旗本・御家人や富裕な町人が文化のにない手となった」(実教『日本史B新訂版』p.211)など説明している教科書もあるが、それは田沼時代(天明期)には該当するものの、文化・文政期の説明としては不適切である。

次に
(2)どのような書籍・版画が出版されたのか。
いくら都市人口の多くを占める中下層の町人が識字率を向上させたとしても、彼・彼女らのニーズにあったものが出版されなければ、出版活動は盛んにはならない。 文化・文政期に人気のあった文芸といえば滑稽本・人情本・合巻・読本などである。滑稽本は笑い・駄洒落をベースに江戸の庶民の野暮な生態を描いたもの、人情本は男女の恋愛小説で女性に人気を博し、合巻は黄表紙を合冊にしたもので文章もあるが絵を主体とする絵草紙で(問題の図には「絵草紙店」(右から左へ読む)と書かれている)、読本は読むことを主体とし(さし絵もある)勧善懲悪をテーマとした歴史物語。いずれも人気の浮世絵師がさし絵を描いていた。
また、当時の庶民娯楽の代表は歌舞伎と相撲で、それらの興行と結びついた力士絵や役者絵が浮世絵版画として出版された。さらに、経済発展を背景とする生活水準の向上もあって物見遊山の旅がさかんになり、それにともない浮世絵版画で風景画が描かれたり、「名所図会」とよばれる地誌が刊行されるようになっていた。問題の図のなかに『東都名所一覧』のタイトルが見えるが、そうした地誌の1つである。


(解答例)
化政期には江戸地廻り経済圏の発達を背景として江戸が経済的に繁栄し、中下層の庶民の生活も次第に安定した。それに伴い、寺子屋が普及して識字率が向上し、歌舞伎などの庶民娯楽や物見遊山の旅もさかんになった。こうして滑稽本・人情本などの戯作や名所図絵など庶民のニーズにあった書籍や版画の出版が活発になった。