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年度 1995年

設問番号 第2問

テーマ 中世後期の商業・貨幣流通のあり方/中世


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設問の要求は,鎌倉時代末期から室町時代にかけての商業・貨幣流通のあり方。条件として,(a)絵と説明にもとづくこと,(b)代銭納・中国銭・為替の三つの語句を使用することが求められている。

説明文を要約しただけでは単なる事実の羅列に終わってしまう。この問題でもっとも大切なことは,単なる事実の羅列に終わらせずに論旨を明確にすることである。そのためにも,鎌倉末〜室町期に商業活動が活発になった背景・構造,それと貨幣流通の活発化との関連をしっかり把握しておくことが必要である。

説明文に「行商人」と「町場の常設の店棚(見世棚)」が登場しているが,それらは(1)都市と農村(地域)を結ぶ商業活動,(2)地域のなかでの商業活動,という2つの局面を象徴している。
(1)都市と農村(地域)を結ぶ商業活動は,荘園公領制のもとでの年貢・公事の荘園領主(京都・奈良に集住)への運送を媒介として活発化していた。それを担ったのが問丸や行商人である。とりわけ問丸は,もともと荘園年貢の保管・輸送などを担当した荘官の一種で,しだいに独立化して一般物資の中継ぎ取引や輸送に従事するようになっていく。そして,こうした遠隔地取引きにおける代金決済の安全を確保するため,手形(割符)を使って決済する為替が普及した。(なお,こうした商業活動の基盤として道路の整備が進んでいたことも,説明文から推察できるだろう。)

(2)地域のなかでの商業活動は,地域での農業生産や漁業・手工業の発達を背景として活発化。宿駅や交通の便のよい荘園や国衙領では定期市や常設の見世棚が生まれた。

なお,(1)(2)ともまとめて“農業生産や漁業・手工業の発達が,地域のなかだけでなく,都市と地域を結ぶ商業活動を活発化させた”という風に立論することも可能である。実際のところ,年貢・公事の輸送が都市と地域を結ぶ商業活動へと飛躍していった背景には,農業生産や漁業・手工業の発達があった(中国との貿易の活発化という要因も無視できないが)。

こうした商品流通の発達は貨幣への需要を増大させる。とりわけ都市で生活する荘園領主たちは多くの貨幣を必要とするようになったため,年貢の代銭納が普及していくことになる。ところが,平安中期以降,国内では貨幣は鋳造されておらず,宋銭や明銭といった中国銭が用いられた。


(解答例)
荘園公領制のもとでの畿内への年貢輸送を媒介として経済流通が活発化していた。僧侶の勧進などにより道路の整備が進み,諸物資の中継や輸送をになう問丸などが活躍して遠隔地間商業がさかんで,決済手段として為替が利用されていた。交通の要地では定期市が開催されて行商人が往来し,なかには常設の見世棚も出現した。それに伴って中国銭が貨幣として普及し,年貢の代銭納も一般化した。
[別解]
農業生産や漁業・手工業の発達が,地域のなかだけでなく,都市と地域を結ぶ商業活動を活発化させていた。交通の要地や荘園の中心地などで定期市が開催されて行商人が往来し,常設の見世棚も出現した。都市と地域を結ぶ遠隔地間商業では,諸物資の中継や輸送をになう問丸などが活躍し,決済手段として為替が普及した。それに伴って中国銭が貨幣として流通し,年貢の代銭納も一般化した。
【添削例】

≪最初の答案≫

鎌倉末期から室町時代にかけて,地方では市が活発化し,都市では店棚を構えた小売店が増えた。それに伴って,遠隔地取引も活発化し,行商人の往来や為替の利用が増加した。また,中国銭貨幣の使用も始まり,農民も公事・夫役を貨幣で納入する代替納が多くなった。同時に,粗悪な私鋳銭なども出回るようになり,撰銭も行われた。

字数としては指定字数の8割は書けているので,とりあえずは大丈夫ですが,字数がやや不足したということは,データが不足しているということを意味しています。

まず,
> 地方では市が活発化し,都市では店棚を構えた小売店が増えた。
とありますが,この背景は?

また,設問中の説明文では“道路の整備”に関するデータが触れられていますから,これも活用したいところです(僧侶の勧進活動については必ずしも触れる必要はないですが)。

さらに,遠隔地取引についていえば,設問で指定された語句に含まれていないとはいえ,「問丸」についての説明があってもよいでしょう。

なお,最後に撰銭について触れてありますが,撰銭が横行するのは戦国時代のことですから,設問での時代設定(鎌倉時代末期〜室町時代)から外れていると考えておく方が適当です。

≪書き直しの答案≫

農業生産性の向上や手工業の発達に伴って全国的に商業活動が活発化した。都市では常設の店棚が現れ,地方でも定期市が開かれるようになった。また,道路の整備が進むと,遠隔地取引が活発化し,問丸などの運送業者や各地を結ぶ行商人が増加し,決済手段としては為替が普及した。都市では中国銭を利用した貨幣も流通しており,公事・夫役などを貨幣で納入する代銭納も多く行われていた。

全体としては OK なのですが,一ヵ所だけクレームをつけておきます(書き直しは不必要です)。

> また,道路の整備が進むと,遠隔地取引が活発化し(以下略)
の部分です。

「道路の整備が進むと」と表現しているのですが,この表現だと遠隔地取引が活発になったのは「道路の整備が進」んだことだけが背景であるかのように読める。「道路の整備も進むと」,あるいは「道路の整備も進んだため」くらいの表現の方が適当。

また,「また」という接続詞を使っていることで,「農業生産性の向上や手工業の発達に伴って全国的に商業活動が活発化した」ことと,遠隔地取引の活発化・問丸や行商人の増加などとの関連が消えてしまっている。僕にしても「また」という接続詞をしばしば使ってしまうんだけれども,この接続詞を使うと前後の文章の関連がつかなくなってしまう危険性があるので,できる限り使わないように心掛けた方が安全です。