年度 1979年

設問番号 第3問


江戸時代におけるヨーロッパの学問・文化の受容は、鎖国によりきわめて困難になったが、18世紀にはいってから再開の気運がおこり、やがて蘭学が興隆し、幕末には洋学として著しい発展がみられた。ところで、このようにして行われたヨーロッパの学問・文化の受容のしかたには、ほぼ一貫した特色が認められる。下記の(A)(B)の文章にも、その特色の一端が語られているが、これらを参考にしながら、その特色を200字以内(句読点も1字数える)にまとめて述べよ。

(A) 蛮国は理にくはし。天文地理又は兵器あるは内外科の治療、ことに益も少なからず。されどもあるは好奇の媒となり、またはあしき事などいひ出す。さらば禁ずべしとすれど、禁ずれば猶やむべからず。況やまた益もあり。(松平定信の回想録の一部)

(B) 此の節と成り候所にては、漢土の学のみにては空疎の譏を免れず。又西洋の学ばかりにては、道徳義理の講究これ無く候故に、たとえ人目を驚かし候程の事業を成し候と雖、聖賢の所作と懸隔候所これ有り。依って是を合併候にあらざれば完全の事とは致し難く候。(佐久間象山の書簡の一部)