年度 1991年

設問番号 第4問


明治維新を通して権力を撃握した藩閥政府は,欧米諸国を範とする近代国家の建設を進めた。その一つの到達点が1889(明治22)年に制定された大日本帝国憲法であり,翌年憲法の規定にもとづき帝国議会が開設された。衆議院では民党か多数を占め,政府と激しく対立した。そこでの争点の最大のものは地租問題であったか,条約改正もまた大きな問題であった。議会開設前後から初期議会期を通じて,条約改正をめぐる議論が展開された。その際,政府と民党との間に,改正の内容や方法について,どのような論点をめぐる対立が生じたのかについて,5行以内で説明せよ。