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明治期のジャーナリズム

メールでの質問への返答です(2000年2月5日)。

> 「明治期のジャーナリズム」というタイトルを出されたのですが
> どこから攻めていったら良いか全然わかりません。

ジャーナリズムを新聞にとりあえず限定し,時期区分を行って推移を見ていくと,だいたい次のようになります。

(1) 欧米型の新聞を輸入するという形で出発

(2) 大新聞と小新聞が分離・併存した時代−明治前期−
明治前期の新聞には大新聞と小新聞という2つのタイプがあります。
大新聞とは,政治の議論をおこなうことを主眼として編集された新聞で,いわば政争の武器としての新聞です。最初は自由民権運動のなかで政党機関紙としての新聞が多く生まれますが(「郵便報知新聞」「自由新聞」など),政府の厳しい言論統制のなかで1880年代後半には衰退,それにかわって不偏不党を標榜した政論新聞が登場します(「時事新報」や「国民新聞」,「日本」)。
それに対し,小新聞は江戸時代の瓦版を継承し,社会面ニュースを売り物にした新聞で,事件報道や庶民娯楽(戯作など)が中心。

(3) 小新聞による両者の接近・融合の時代(大新聞の衰退)−明治後期−
事業的には大新聞よりも小新聞の方が成功します。そして,小新聞のなかから「朝日新聞」のように,報道対象を政治・経済・社会全体に広げ,社説も掲載するという,現在の一般紙の原型となる編集スタイルをとるものが登場し,次第に大新聞を圧倒していきます。その傾向は,速報性の要求される戦争報道のなかで拍車がかかり,日清・日露戦争期には大新聞と小新聞が小新聞主導のもとで融合されていきます(政論新聞は姿を消してしまうわけです)。