[テーマ/目次] 

「貨幣経済の浸透」とはどういうことなのか

メールでの質問への応答です(2002.01.09)。
> 日本史の教科書・参考書などを見ていると、鎌倉時代あたりから、しばしば「
> 貨幣経済の浸透により、御家人(武士)の生活の困窮がはげしくなった」という
> ような説明が登場します。根本的な質問かもしれませんが、なぜ貨幣経済の浸
> 透が生活の困窮につながるのでしょうか。お教えいただけるとさいわいです。

「貨幣経済の浸透」とは,単純に言ってしまえば「貨幣の使用が一般的になる
こと」「頻繁に貨幣を使用するようになること」くらいのことで,やや詳しめ
の表現を使えば,「自給することのない(あるいは・自給できない)品物を貨
幣を使って購入することが日常化し,そのことが日常生活をおくる上で必要不
可欠な状態になること」と表現できます。

このように表現しておけば,「貨幣経済の浸透」が進めば,次の2点から物価
の変動が生活状態に大きく影響するようになることがわかるはずです。
まず,日常生活をおくる上では貨幣を入手することが不可欠なわけですが,生
産者はもちろん,中世・近世の場合,武士などの領主層にしても収益は現物で
あることが一般的でしたから,手元にある現物を換金して貨幣を入手すること
が必要です。ですから,物価の変動が貨幣収入の規模に大きく影響するように
なります。
さらに,日常生活をおくる上で必要な品物の一部を他からの購入でまかなうわ
けですから,物価の変動が支出の規模に大きく影響するようになります。

このように,「貨幣経済の浸透」が進むにつれ,収入・支出の両面に物価の変
動が大きく影響し,自給度の高い生活状態に比べて生活の不安定度が拡大して
いるわけです。つまり,貨幣経済が浸透したからといって必ず生活の困窮につ
ながるというわけではなく,生活の不安定要因が増大して生活の困窮に陥りや
すくなるというはなしです。

さらに言えば,
「自分では自給することのない(あるいは・できない)品物を貨幣を使って購
入することが日常化している」ということは,それだけ商品の流通が活発化し
ていることであり,それだけ多くの商品が意識の範囲内に入ってきているとい
うことです。そして,そのことは欲求の量的拡大につながりますが,それが収
入規模を超えたときには生活の困窮がおとずれます(もちろん,これも必然的
に生活の困窮につながるというはなしではなく,生活の不安定要因が増大する
というはなしですが)。
なお鎌倉武士(御家人)は,鎌倉という都市で生活をおくることも多く,また
京都大番役を勤めるために京都に滞在することもあります。となれば,京都や
鎌倉という都市に氾濫するさまざまな商品(とりわけ贅沢品)に接する機会も
多くなります。その結果,消費生活が贅沢化すれば生活を困窮させてしまう人
びとも多くでてくることでしょう。

また,貨幣の使用が頻繁になっているということは,それだけ経済流通が活発
になっているわけですから,金融業者の活動も活発になります。
ふだんは質素な生活をおくっていたとしても,所領をめぐって裁判沙汰にでも
なれば経費もかさみますし,また合戦ともなれば装備を整えて出陣しなければ
なりません(主従関係の下にある以上,奉公はしないといけません)。そうし
た際に少しでも不足が生じれば,そこへ金融業者の活動が入り込んでいきます。
その際,借財を完済できれば問題はないですが,蒙古襲来のときのように軍費
はかさんだものの恩賞が不十分であったりしたら大変なことになりますよね?

このように「貨幣経済の浸透」はそのまま武士たちを生活の困窮に導くわけで
はないのですが,彼らの生活に不安定要因を増大させ,困窮に陥りやすくさせ
てしまうわけです。
[2002.01.09]