[テーマ/目次] 

金輸出を「解禁する」とはどういうことなのか

メールでの質問への応答です(2002.02.01)。
> まず、そもそも、(情けない質問ですが)金輸出を「解禁する」とはいったい
> どういうことなのでしょうか?

いえいえ、
全然「情けない質問」ではないですよ。
たいていの受験生はうまくイメージでてきないと思います。

さて....
金本位制というのは次の2つの側面から成り立っています。
1)紙幣は金(正貨)との兌換が義務づけられ、
(2)貿易取引の最終的な決済は金(正貨)で行われる

もともと紙幣の信用を保証するために金(正貨)との兌換が義務づけられたのですが、
紙幣(日本銀行券)への信用が安定すれば国内では金との兌換を要求する動きはほとんど皆無となります。
ところが、
紙幣(円)は国内通貨でしかなく他国との貿易取引の決済(代金支払い)にはなかなか使用できるものではありません。
円に対する国際的な信用が高まればそれも可能ですが、
近代初めにおいては、
貿易決済は金や銀という貴金属で行われていました。
金や銀は世界中どこでも貨幣として通用していたからです。
そして金本位制の場合、
金貨を標準貨幣として定めて紙幣(日本銀行券)の金兌換を規定すると共に、
貿易決済を金(金貨か金地金)で行うものと定めてあります。
では、
輸入代金の支払い、輸出代金の支払いが、それぞれ「金」で行われるとき、
金はどうなるでしょうか?(こういう尋ね方は分かりにくいかなぁ(^^;)
輸入代金を「金」で支払うとき、
その「金」は日本が保有している金なわけで、
そして輸入代金なのだから他国(の企業)へ支払われるわけですから、
「金」は日本から他国へと出ていきます。
他方、
輸出代金を「金」で支払うときはその逆で、「金」は他国から日本へと入ってきます。
「金」が日本から出ていくとは“金の流出”ですが、
これを「金輸出」とも表現し、
他方、「金」が日本へ入ってくること=“金の流入”を「金輸入」とも表現します。
というわけで、先に書いた
(2)貿易取引の最終的な決済は金(正貨)で行われる

(2)'金の輸出入が自由である
という状態と同じであることがわかると思います−金輸出禁止といった政策によりこの状態に制限が加えられていると、
金本位制は停止の状態になります−。
つまり、
金輸出を「解禁する」とは、金輸出が禁止された状態をやめて金輸出が自由な状態((2)'の状態)に戻す、
ということなわけです。

> あと、金本位制というものはなんとなく理解できるような気がしますが、第
> 一次世界大戦中に、多くの国が金輸出を禁止し、金本位制を止めていたのは
> 何故なのでしょうか。どんな時でも、金本位制のほうが貿易に有利ではない
> のですか?

金本位制−金の輸出入が自由な状態−では輸入超過の場合、
金輸出が進んでその国の金(正貨)保有高は減少します。
他方、
輸出超過の場合は金輸入が進んで金(正貨)保有高は増加します。
ところで、
先に
(1)紙幣は金(正貨)との兌換が義務づけられ、
と書きましたが、これゆえに
(1)'紙幣発行高(流通高)が金保有高に制約される
ということは了解できますよね?
このことを前提とすれば、
次のことも了解できると思います。
輸入超過の場合、
金保有高が減少するため、紙幣発行高(流通高)は抑制され(→デフレ)、
他方、輸出超過の場合、
金保有高が増加するため、紙幣発行高(流通高)は緩和される(→インフレ)。

さて、
ここで“なぜ第一次世界大戦中に多くの国が金輸出を禁止したのか”を考えましょう。
その際、
“戦争当事国(交戦国)”−第一次世界大戦の場合はとりわけヨーロッパ諸国−がなぜ金輸出を禁止したのか、
と問いをたてて下さい。
そして、
注目するのは“戦争当事国(交戦国)”の貿易収支です。
戦争が始まると輸入が増加するのか、それとも輸出が増加するのか。
第一次世界大戦のとき、
ヨーロッパ諸国がアジア市場から後退したこと、イギリスやロシアからの軍需が日本にまいこんだことは知っていると思います(大戦景気の要因ですね)。
それを参考に考えれば、
戦争が始まると“戦争当事国(交戦国)”の貿易収支は輸入超過になりそうなことは想像がつくはず。
となると、
その国の金保有高は減少していきますよね。
そして、
金保有高が減少してしまえば、紙幣発行高(流通高)は抑制されますよね。
ところが、
そうなると戦争に不可欠な武器など軍需品の購入のために、政府が積極的な支出を行うことができなくなってしまいます。
さらに、戦争が終わったあとはどうなりますか?
紙幣発行高(流通高)が抑制された状態では経済活動は停滞します。
経済活動の復興もむずかしくなります。
つまり、
戦争開始にともなって金輸出を禁止するというのは、
輸入の増加にともなう金の流出を防止し、金保有高を確保しようという意図から出た政策なわけです。

ちなみに、
第一次世界大戦に際して日本が金輸出を禁止したのは1917年のことで、
同年にアメリカが金輸出を禁止したことで、世界の主要国が日本を除いて金輸出禁止状態になったことをうけての措置です。

なお、
> どんな時でも、金本位制のほうが貿易に有利ではない
> のですか?

金本位制のもとでは、
先にみたように、金輸出入の自由が規定されているため、外国為替相場が安定していますので、
確かに貿易に有利です。
しかし、
“金輸出入の自由→外国為替相場の安定”は“金保有高の増減→紙幣発行高(流通高)の増減”という形で国内経済に大きく影響します。
極論すれば、
金本位制は“外国為替相場の安定”つまり“貿易収支の均衡”を優先して国内経済の動向を犠牲にするシステムなわけです。
たとえ輸入超過にも係わらず金(正貨)保有高を一定レベルに維持したいと思っても、
そのためには、
外債を発行して不足の金(正貨)を確保せざるをえず、
そうなると対外債務が累積していき、
結局のところ国内経済の動向に悪影響を及ぼすことになります−日本でいえば、日露戦後の状況がこれに相当します−。
[2002.02.01]