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石高制成立の意義

メールでの質問への応答です(2000.11.12)。
> 歴史のテーマとして「太閤検地」の結果としての石高制成立の意義についてご意見を
> いただけましたらよろしくお願いいたします。

「ご意見」と表現されているのですが,何を期待されているのかがわかりにくく,ど
のように応えてよいのか戸惑ってしまったのですが,とりあえず,次の点を指摘でき
ると思います。

(1)土地の生産力が統一基準のもとで表示されたこと
それまでの町段歩制や貫高制では,土地の生産力・ひいては収益性を把握することは
できていなかったわけですが,石高制が成立したことで,土地の生産力(→収益性)
を把握することができるようになっています。そのことで,土地を公平に(こういう
表現は曖昧でしょうか)評価できるようになりますし,さらに軍役や年貢を“際限な
く”賦課することができる根拠が整ったということができます。

(2)土地が数量化されたこと
これは貫高制においても言えることですが,土地が数量化されることでその固有性が
消え去り,交換(通約)可能性・流動性が高められています。そのため,武士に対し
ては,ある固有性をもった土地ではなく石高を保障すればよくなるわけですから,武
士を本領から引き離しやすくなり,大名知行制の確立を促したと言えます。

(3)兵農分離の基礎ができたこと
保持を認められた土地の石高に基づいて年貢を負担するのが百姓であり,それに対し,
その年貢を受け取る権利としての石高をあてがわれ,それに応じた軍役を負担するの
が武士である,という身分区別がはっきりとするようになったと言えます(もちろん,
これを補完するのが一地一作人の原則ですが)。
このことが,武士どうしの主従関係と武士による百姓支配を統一的に把握する制度が
確立したことなのだと理解しています。

(4)土地が米量で表示されたこと
銭額ではなく米量で表示されたために年貢は米納が原則とされ,そのため年貢米を換
金するための全国市場の形成が促進されたと言えます。