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天皇機関説と政党内閣制

メールでの質問への応答です(2001.01.06)。

>  さて、21世紀初質問です。美濃部達吉の天皇機関説についてですが、これが政党
> 内閣を支える理論的基礎になったとありますが、どうしてそうなったかの説明がどこ
> にもありません。教えてください

天皇機関説は、国家を法人とみなす国家法人説を基礎として統治権の主体を国家とし、天皇を国家が統治権を行使する際の最高機関とみなす憲法解釈ですが、『 本番で勝つ!日本近現代史』で次のように説明しておきました。

「国家(天皇と国民)を法人(共同の目的をもった一つの共同体)とみなしたうえで、統治権は天皇ひとりの利益のためにあるものではなく国家の共同目的のためにあるのだ(国家の統治権の主体)と解釈していた。つまり、天皇の権力に限界があることを主張したところに、彼の憲法解釈の特色があった。」(p.128
「天皇は国家の元首として国家を代表し、憲法の規定に従いながら権限(権能)を行使する存在であると解釈された。」(p.161)
ちなみに、美濃部は天皇の権限を“権利”ではなく“権能”だと説明しますが、“権利”とは、天賦人権説があるように、自然的に有するものですが、“権能”とは法によって規定されたものです。つまり、国家も天皇も憲法によって規定された存在とみなすわけです(法は国家を規定する!)。

ただし、こうした解釈は決して特異なものではなく、伊藤博文も同様の解釈をもっており、その根拠は憲法第4条(「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」)にあります。
さらに、ここまでの説明のレベルでは、国家運営における主導権を天皇の輔弼機関である内閣に認めることだけしか達成されておらず、伊藤ら藩閥官僚勢力が天皇をおさえて政治を主導する根拠ともなります。美濃部の師一木喜徳郎はそうした憲法解釈を展開しています。

ところが美濃部は、そこから一歩踏み込んで解釈を進めます。
内閣が天皇にかわって国家運営の主導権を発揮するには、首相のもとで内閣が連帯責任をとる形での国家運営のあり方が不可欠になります。ところが、憲法では国務各大臣の単独輔弼しか規定されておらず、内閣の連帯責任は憲法上は存在しません。そこで美濃部は、内閣の連帯責任制を実質的に確保するためのシステムが必要だと考え、それを“政党”に見い出したのです−明治後期には“藩閥”という形で同志的結束をもったグループも存在していた−。もともと政党とは、政治上の理想・考えを同じくするものが集まり、その理想・考えを実現するために組織した団体です。だからこそ、党首の強力なリーダーシップと党員らの同志的結束のもとで内閣の連帯責任制が確保できると考えたわけです。

こうして美濃部は政党内閣論を支持する憲法解釈を提示するにいたったのです。
ただし、美濃部が政党内閣論を支持したのは国家運営における内閣の主導性を確保するという目的のもとでのことであり、議院内閣制を支持する議論ではなかったこと(東大1982年度第3問を参照のこと)には留意しておいてください。

なお、美濃部の“天皇=機関説”に対立した、いわゆる天皇主権説とは“天皇=現人神説”と表現するのが内容的には妥当です。こちらは、憲法第1条(「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」)ならびに上諭(日本国憲法では前文に相当する)を根拠にした憲法解釈で、天皇の統治権を皇祖神アマテラスから与えられた権限であり、神権的なもの(上で用いた対比でいえば“権能”ではなく“権利”)と考え、憲法により規定され、付与されたものとはみなしません。そして、1935年の国体明徴声明以降は、こうした憲法解釈が政府公認のものとなります。
[2001.01.06]