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年度 2006年

設問番号 第3問


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【解答例】
1農家。食糧難が深刻化するなか,米の安定供給を確保するために食糧管理法が制定され,労働力の確保が不可欠とされたため。
2未婚の女性。女子挺身勤労令。
3職場ごとに労使一体で産業報国会が組織されたことに象徴されるように,戦時体制は,階級闘争を否定する一方で私的利益を追求する自由主義的・個人主義的な資本主義をも克服し,天皇中心の国体観念のもと,国家と個々人が一体となった国民協同体を創出しようとするファシズム的性格を持っていた。
4アジア太平洋戦争は,アメリカなどの経済制裁に対する自存自衛の確保,欧米の支配からのアジアの解放が掲げられたが,同時に,日本民族を世界無比の優秀な民族と観念し,そのもとにアジアを統合するための戦争という性格を持っていた。そのため,戦局悪化にともなって一部民族の独立を認めつつも,多くの占領地では軍政がしかれ,日本語使用や天皇崇拝を強要するなどの皇民化政策が進められた。 (総計395字)
【解答例】
戦時体制とアジア太平洋戦争の性格について問うたもの。
問1
1942年以降,動員が意識的に抑制された国民階層(職業)とその理由。
1942年,食糧供給の安定を目的として食糧管理法が制定されていることを念頭におけば,農民の動員が抑制されたと推測できる。

問2
1944年になって「もっとも緊急を要する工場」へ「急速に動員」されるようになった「国民」とその根拠となった勅令。
1944年といえば戦争末期。その時期に軍需工場へ「急速に動員」された人々といえば,出征せず学校に残った学生・生徒(中学生以上)や女子挺身隊に編成された未婚女性。いわゆる勤労動員である。たいていの教科書には掲載されているが,果たして思いついたか。
そして,彼らが「急速に動員」されるようになった根拠の勅令は,それぞれ学徒勤労令,女子挺身勤労令。これらは超難問。

問3
史料Cから読み取れる日本の戦時体制の特質。
「職業内(工場労働)において国家が(個々人に対して)国民的性格を育てあげることが職業の重要任務である」などといった表現を根拠に,「たんに戦時体制と呼ぶだけでは不十分」と評価したうえで,日本の戦時体制の特質を問うている。文意が取りにくい設問だが,戦時体制を「戦争遂行のために経済・国民生活が統制された体制」(いいかえれば軍国主義か?)と把握するとすれば,「戦争遂行」に収斂しない別の何かをも目的とした社会体制(ファシズム体制か?)としての性格をもつことを説明させたいのだろうと推測できる。
この設問を解くにあたって注意すべきは,史料Cが労務管理に関する文章であること。そこから産業報国会を想起し,戦争への動員にとどまらない性格・特徴について説明したい。
要するに,階級闘争を否定するとともに,私的利益の追求をめざす資本主義をも否定・是正して,人びとを国民という協同体的な組織(労資一体でよい)のもとに再組織するという側面。
なお,森武麿氏は,1940年に大日本産業報国会が創立されて産業報国体制が成立したことについて,次のように説明している。
「「産業報国会」は理念として,「一君万民の一大家族国家」として天皇のもとでは資本家も労働者も「平等」であるといい,「日本主義」によって階級闘争の観念を否定し,自由主義的・個人主義的資本主義の克服と「労資一体」を基礎としたあらたな「国民勤労協同体」の創出をとなえた。これはドイツ・ナチスの労働戦線やイタリア・ファシズムのコーポラティズム(協同体)ときわめて近似したものであった。(中略)もちろん労働者階級の宥和形態,疑似革命性の強弱は各国の歴史的・文化的背景によって異なるが,産業報国会・労働戦線・協同体をそれぞれ日本・ドイツ・イタリアの1930年代世界史に特有のファシズム的労働者組織と規定することができよう」(『現代日本経済史』有斐閣,p.46-47)。

問4
アジア太平洋戦争の性格と内容を,史料Dに見える「日本民族観」と関連させて説明すること。
まず史料Dに見える「日本民族観」から確認する。
史料Dを読む限り,その著者(牧賢一)は,「日本民族」を「強い民族」,いいかえれば「体質と体格とを含めた立派な肉体と,知能と精神とを含めた優れた能力とを,兼ね備へた優秀な民族」と認識している,と判断してよい。
ここで,国体明徴声明以降,天皇統治の永遠性と優越性を主唱する思潮(日本主義:一橋大1987年第3問)が台頭していたことを想起できれば,解答の手がかりが得られる。アジア太平洋戦争のなかで占領した東南アジア各地で日本はどのようなことを行っていたのか?
「アジア解放の美名に反して,戦争遂行のための資材・労働力調達を最優先するものだったので,住民の反感・抵抗がしだいに高まった。東南アジアの占領地では,現地の文化や生活様式を無視して,日本語学習や天皇崇拝・神社参拝を強要したり,鉄道建設などの土木作業や鉱山労働への強制動員もおこなわれた。」(山川『詳説日本史』)
「日本はこの戦争でアジアを欧米の侵略・搾取から解放し,各民族を独立させ,「大東亜共栄圏」を建設すると唱えた。しかし,実際は戦争遂行のために必要とする物資を獲得することが最大の目的であり,占領地では軍政と日本語使用強制などの皇民化政策のもとに,圧制と収奪をおこなった。」(実教『日本史』)
「民族の優秀さ」を念頭におくならば,こうした教科書記述のうち,史料Dに見える「日本民族観」に関わるのは,日本語学習や天皇崇拝・神社参拝の強要という皇民化政策である。アジア太平洋戦争のこの側面を説明することが不可欠となる。
さて,アジア太平洋戦争は日本の意図からみると,次の3つの側面を指摘することができる。
(1) アメリカなどによる経済制裁に対抗して「自存自衛」を確保するための(いいかえれば日中戦争を解決するための)戦争
(2) 大東亜会議で採択された大東亜共同宣言にみられるように,アジアの欧米植民地からの解放を実現するための戦争
(3) 「八紘一宇」という言葉に象徴されるように,アジアの諸民族・諸国を天皇統治のもとに統合するための戦争
(1)や(2)は1996年度第3問や1993年度第3問で既出の側面だが,この設問では(3)に焦点があたっている。