年度 2025年
設問番号 第1問
【解答例】
1天然痘の流行。藤原広嗣。
2律令体制では公地公民制の原則に基き,既に開墾された田地が人々に口分田として班給された。しかし人口にみあった口分田の確保が難しく,元正朝では三世一身法により口分田不足に対処しようとした。しかし聖武朝で疫病の流行と飢饉により田地の荒廃が進むと,墾田永年私財法を出して墾田の永久私有を認めた。この結果,貴族や寺社が墾田開発を積極化させ,大土地所有が広がって初期荘園が形成された。
3鴨長明。養和の飢饉。
4各地の荘園・公領から領主の集まる京都へと荘官らが運ぶ年貢・公事が途絶えた。
5飢饉にともなって流民や耕地の荒廃,食糧不足が生じて荘園制が動揺した。そのため,年貢収取などをめぐって領主の公家・寺社と地頭の紛争も頻発した。そうしたなか,鎌倉幕府は富裕者に貧民救済を命じるとともに,御成敗式目を制定して武士を対象とする訴訟・裁判制度を整え,朝廷と協調しながら社会の秩序回復をめざした。
(総計400字)
【解法の手がかり】