年度 2025年
設問番号 第2問
【解答例】
1日露和親条約では,樺太は従来通り日露間で境界を定めなかった。
2榎本武揚。
3大津事件。当時,青木周蔵外務大臣のもと,イギリスとの間で相互対等を原則とする内容で条約改正交渉が行われていた。ところが,この事件が起きたため青木外相が引責辞任し,イギリスとの交渉が中止された。
4日清戦争の終結にともない,日本は下関条約により清から遼東半島の割譲を受けた。ところが,日本が遼東半島を領有すると日清開戦に際して日本が掲げた戦争目的である朝鮮の独立確保を妨げることになるという理由から,ロシアとフランス,ドイツが清への返還を求めて三国干渉を行った。それに対し,日本は対抗することが不可能だと判断したため勧告に応じた。この結果,国内で反露感情が高まったものの,閔妃殺害事件とあいまって朝鮮政府へのロシアの影響力が強まると,日本政府が朝鮮での勢力確保をめざして宥和政策をとったため,日露関係はしばらく協調的に進んだ。
(総計399字)
【解法の手がかり】