年度 2026年
設問番号 第3問
【解答例】
1第一次世界大戦の終結にともないイギリスの委任統治領となったパレスチナでは、大戦中にイギリスから国家建設を事実上約束されたユダヤ人の移住が増加する一方、イギリスがアラブ人にも独立国家の樹立を約束していたため、その後の対立につながった。第二次世界大戦後、国際連合によるパレスチナ分割案を契機にイスラエルが建国されると、これ以降、イスラエルとアラブ側の間では3次にわたって戦争が起こった。アラブ側は軍事的に劣勢にあり,第4次中東戦争が勃発すると石油戦略を発動した。
2アラブ側の石油戦略によって原油価格が高騰したため、中東地域からの安価な石油の輸入に依存していた日本経済は打撃を受け、深刻な不況となって戦後初のマイナス成長を記録した。しかし省エネルギー化と減量経営が進み、日本経済は不況から脱出して安定成長に転じた。一次エネルギーの供給面では石油への依存が抑制され、石炭や天然ガス、原子力の比重が増加した。
(総計400字)
(別解:歴史総合の知識をほぼ捨象した解答例)
1パレスチナ問題は第一次世界大戦終結時に遠因をもつ。第二次世界大戦後、パレスチナにイスラエルが建国されると、周辺のアラブ諸国との間で3次にわたって中東戦争が起こった。アラブ側は軍事的に劣勢にあり、第4次中東戦争が勃発すると石油戦略を発動してアメリカなどイスラエル支持国を圧迫し、その政策転換を促そうとした。
2アラブ側の石油戦略によって原油価格が高騰すると、中東地域からの安価な石油の輸入に依存して高度成長を続けていた日本経済は打撃をうけ、列島改造政策にともなう物価騰貴とあいまって深刻な不況に陥り、戦後初のマイナス成長を記録した。しかし省エネルギー化が進むとともに、企業の減量経営と先端技術の導入、政府の赤字国債を財源とする公共投資を背景として日本経済は世界にさきがけて不況から脱出して安定成長に転じた。一次エネルギーの供給面では石油への依存が抑制され、石炭や天然ガス、原子力の比重が増加した。
(総計397字)
【解法の手がかり】