年度 1988年
設問番号 第2問
次の文章は、山県有朋首相の1890年(明治23)の意見書、「外交政略論」の一節である。これを読んで、下記の問い(1)〜(3)に答えよ。(400字以内)
国家独立自衛ノ道二ツアリ、一ニ曰ク主権線ヲ守禦シ他人ノ侵告ヲ容レズ、二ニ曰ク利益線ヲ防護シ自己ノ形勝ヲ失ハズ、何ヲカ主権線ト謂フ、疆土是ナリ、何ヲカ利益線ト謂フ、隣国接蝕ノ勢我ガ主権線ノ安危ト緊シク相関係スルノ区域是ナリ……而シテ外交及兵備ノ要訣ハ専ラ此ノ二線ノ基礎ニ存立スル者ナリ、方今列国ノ際ニ立テ国家ノ独立ヲ維持セントセバ、独リ主権線ヲ守禦スルヲ以テ足レリトセズ、必ヤ進テ利益線ヲ防護シ常ニ形勝ノ位置ニ立タザル可ラズ、利益線ヲ防護スルノ道如何、各国ノ為ス所苟モ我ニ不利ナル者アルトキハ我レ責任ヲ帯ビテ之ヲ排除シ、已ムヲ得ザルトキハ強力ヲ用ヰテ我ガ意志フ達スルニ在リ
(1) 傍線を付したような考え方に立って、西南戦争以降、この時期までに行なわれた軍事上の改革について説明せよ。
(2) この意見書の中で山県は、「我邦利益線ノ焦点ハ実ニ朝鮮ニ在リ」と論じている。日清戦争の開戦に至る日本の対朝鮮政策について説明せよ。
(3) この意見書が出された頃、民間においても国民的自覚を促す言論活動が活発となった。その内容を説明せよ。