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年度 2011年

設問番号 第4問

テーマ 男女別労働者数の変化とその経済的背景/近代


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A 問われているのは,1890年代から1920年代まで女性の職工数が男性のそれを上回っている事情。条件として,当時の産業構造に留意することが求められている。

この問題でとりあげられているのは,「工場で働いていた職工」である。ここから「産業構造」とは,工業分野に限定し,どのようなタイプの工業が中心であったか,を考えればよいことが分かる。
1890年代つまり産業革命期以降,1930年代前半にいたるまで,繊維工業が中心であったことは,知っているだろう。

では,このことと「女性の職工数が男性のそれを上回っている」ことと,どのように関連しているのか?
繊維工業(製糸業や綿紡績業など)で働く職工(労働者)の多くは,女性で占められていた。しかも,その女性の多くは農村からの出稼ぎであり,そのため賃金が低レベルに抑制され,そのことによって製品価格の抑制,国際競争力(海外市場への輸出力)の確保が実現していた。
なお,男性はどこで働いていたのか,と言えば,工場以外の鉱山業・運輸業に従事するものが多かった。

B 問われているのは,1910年代と30年代に男性の職工数が急激に増加している背景。「それぞれ」について説明することが求められている。

男性は造船・鉄鋼など重化学工業で働くものが多く,この点に注目すれば,1910年代と30年代にそれぞれ重化学工業が発展した背景を説明すればよいことが分かる。
1910年代は第一次世界大戦勃発にともなう大戦景気のもと,世界的な船舶不足から造船業が成長し,軍需や工場設備の拡充などに対応して鉄鋼業,ドイツからの輸入途絶により化学工業が成長した。
1930年代は満州事変を背景とした高橋財政,二・二六事件以降の大軍拡,日中戦争の展開にともなう戦時経済体制(軍需を核とした経済編成)を背景として,重化学工業が成長し,重化学工業中心の産業構造への転換が進んだ。


(解答例)
A当時の産業構造は,製糸・綿紡績など繊維工業を中心とするものであり,繊維工業では,賃金を抑制して低価格による競争力を確保するため,職工の多くを農村からの出稼ぎの女性に依存していた。(90字)
(別解)A当時は製糸・綿紡績など繊維工業を中心とする産業構造であり,繊維工業では職工の多くが,農村からの出稼ぎの女性であったのに対し,男性は工場以外の鉱山・運輸業に従事するものが多かった。(90字)
B1910年代は第一次世界大戦勃発にともなう大戦景気のもとで重化学工業が発展し,1930年代は満州事変・日中戦争の展開にともなう軍需の増大を背景に重化学工業中心の産業構造への転換が進んだ。(90字)
(別解)B1910年代は第一次世界大戦に伴う大戦景気のもとで重化学工業が発展し,30年代は満州事変・日中戦争に伴う軍需の増大を背景に重化学工業中心の産業構造への転換が進み,男性の職工が急増した。(90字)