年度 1998年
設問番号 第3問
テーマ 上米制の背景と幕藩体制における幕府・大名の関係/近世
条件の「歴史的背景」は,“新田開発と年貢増徴による財政再建の成果があらわれるまでの一時的な措置”という直接的な発令意図だけに終わらないようにとの指示である。
上米令発令の背景は“幕府の財政窮乏”だが,その背景をきちんと表現しておきたい。
まず収入面。財源は年貢米収入。当然,米を換金する必要がある。ところが,当時の米価はどうだったか?
そして支出面。兵農分離のもと武士は生産から離れ,都市で消費生活を送るようになっていたが,17世紀後半以降の商品経済の発達は,武士の消費支出を増大させる。幕府は政府組織であるだけでなく将軍家の家政機関でもあったから,幕府の支出も増大していた。また,明暦の大火にともなう江戸復興,文治政治への転換にともなう儀礼費用,元禄期の寺社造営の増大なども,幕府支出の増大の原因であった。
B
設問の要求は,参勤交代の緩和策がなぜ重大な変化をもたらすおそれがあると考えられたのか。条件として,幕藩体制における幕府と大名の関係に留意することが求められている。
条件の「幕藩体制における幕府と大名の関係」が“将軍・大名の主従関係”を指していることはわかるだろうが,この問題が解けるかどうかの分かれ目は,参勤交代が“将軍・大名の主従関係”においてどのような意義をもっていたかについて考えたことがあるかどうかにある(1983年度に「参勤交代の設置理由を戦国末期以来の政治・社会動向のなかで説明させる」出題がある)。
将軍・大名の主従関係は将軍による石高の給付・保障と大名による軍役の負担という相互関係によって成り立っていたが,大坂の陣で戦国の争乱が終わって以降,軍事動員の機会が消滅してしまった(将軍家光の上洛など臨時には存在したが)。そこで,将軍への忠誠を示す平時の軍役として参勤交代が制度化されていたのだ。
こうした参勤交代が緩和されることは,将軍・大名の主従関係にどのような変化をもたらすおそれがあるのだろうか?−それを答案の〆にもってくるとよい。
≪最初の答案≫
A明暦の大火や元禄期の寺社造営によって支出が増大し,新田開発・貨幣改鋳による米価安・諸色高によって収入も減少した。このため,収入増加策として幕府は上米を発令するに至った。 B幕藩体制下での幕府と大名の関係は年貢の納入と参勤交代が中心であった。このため,参勤交代の在府期間を半減すると幕府と藩の関係が薄れ,藩の独立を促すような自体を招くと考えられたため。 |
> A明暦の大火や元禄期の寺社造営によって支出が増大し,新田開
> 発・貨幣改鋳による米価安・諸色高によって収入も減少した。こ
> のため,収入増加策として幕府は上米を発令するに至った。
支出の増大についての指摘は OK ですが,収入減少についての説明が不十分。
まず,「米価安・諸色高」であればなぜ収入が減少するのか。その理由をきちんと説明してください。
また,「新田開発・貨幣改鋳による米価安・諸色高」とありますが,(新田開発はともかく)貨幣改鋳がなぜ米価安・諸色高の原因になるのか。こちらは言わんとすることが分からない。
> B幕藩体制下での幕府と大名の関係は年貢の納入と参勤交代が中
> 心であった。このため,参勤交代の在府期間を半減すると幕府と
> 藩の関係が薄れ,藩の独立を促すような事態を招くと考えられた
> ため。
まず,根本的な間違いから。
大名は幕府に対して「年貢の納入」など行っていない。これを記述しただけで,5段階評価中,最低のEという評価がおそらく下されてしまうだろう。少くとも私ならそうする。
次に,
「藩の独立を促すような事態を招く」という最後の指摘は適切だが,では「参勤交代」は将軍・大名間の主従関係においてどのような役割を果たしていたのか。それについての説明がなければ,最後の「藩の独立を促すような事態を招く」という指摘が活きてこない。「参勤交代」の意義について考えてみて欲しい。
≪書き直し≫
A明暦の大火や元禄期の寺社造営によって幕府の支出は増大し,新田開発による米価下落によって,収入は減少した。加えて,貨幣経済の発展によって物価高となり,幕府の財政は破綻した。 B幕藩体制下において,将軍・大名間では知行地の給付と多大な支出を要する軍役である参勤交代によって主従関係が成立していた。このため,参勤交代の緩和は主従関係の弱体化や藩の財政力増加につながり,幕藩体制を揺るがす恐れがあると考えられた。 |
> A明暦の大火や元禄期の寺社造営によって幕府の支出は増大し,
> 新田開発による米価下落によって,収入は減少した。加えて,貨
> 幣経済の発展によって物価高となり,幕府の財政は破綻した。
「新田開発による米価下落」はよいとして,では「米価下落によって」なぜ「収入は減少した」のか?それは幕府の収入源である年貢が米納を原則としていたためですが,その点を明記しておきたい。
次に,「貨幣経済の発展によって物価高となり」という部分は支出増大に関する記述ですよね?だったら,答案の構成としては支出の増大については1つにまとめておくのがベストです。
> B幕藩体制下において,将軍・大名間では知行地の給付と多大な
> 支出を要する軍役である参勤交代によって主従関係が成立してい
> た。このため,参勤交代の緩和は主従関係の弱体化や藩の財政力
> 増加につながり,幕藩体制を揺るがす恐れがあると考えられた。
「将軍・大名間では知行地の給付と……参勤交代によって主従関係が成立していた」との記述はよいのですが,では参勤交代とはどのような将軍・大名間の主従関係においてどのような意義をもっていたのか。その点をもっと明確にしておきたい(それを明記することで「主従関係の弱体化……につながり」という部分が活きてくる)。
また,「多大な支出」について触れてあるが,1983年第3問の問題文で
参勤交代が,大名の財政に大きな負担となり,その軍事力を低下させる役割を果したこと,反面,都市や交通が発展する一因となったことは,しばしば指摘されるところである。しかし,これは,参勤交代の制度がもたらした結果であって,この制度が設けられた理由とは考えられない。と書いてあるように,諸大名に多大な支出を課すことが参勤交代の本来の目的ではないので書く必要はない。というよりも,そのことを記述することで参勤交代の意義が書く字数が不足してしまうのであれば,答案全体にマイナス効果を及ぼしてしまう。1983年第3問の「江戸幕府が参勤交代を設けた理由」についての問題も一緒に考えてみよう。
≪書き直し2回め≫
A幕府財政は石高制のもとでの天領からの年貢米を収入源としていたが米価の低迷で収入が落ち込んだ。また,文治政治や商品経済の発展などにより支出も増大し,幕府は上米で収入増加を図った。 B幕府と大名の主従関係は将軍による知行地の給付と大名の軍役負担によって成立していた。その中で参勤交代は平時の軍役として,将軍への忠誠心を示すものであった。このため,参勤交代の緩和は主従関係の弱体化を招き,幕藩体制を揺るがすものと考えられた。 |
AはOKです。
> B幕府と大名の主従関係は将軍による知行地の給付と大名の軍役
> 負担によって成立していた。その中で参勤交代は平時の軍役とし
> て,将軍への忠誠心を示すものであった。このため,参勤交代の
> 緩和は主従関係の弱体化を招き,幕藩体制を揺るがすものと考え
> られた。
OKですが,最後のところは,一番最初の答案にあった「藩の独立を促すような事態を招くと考えられた」の方がよいと思います。