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00084/00085 GED01324 つかはら RE^2:日本史】近現代史を教える(1)
( 6) 95/05/10 10:42 00071へのコメント
------> #71 久米仙人さん
>>「大名にそれぞれの領地の支配を委任し」と言ってもよいのでしょ
>>うか。「大名がそれぞれの領地を支配することを承認し」じゃないかと思うわけで
>>す。委任というと、日本全土徳川家の領地であるが、それを分割委任した、となる
>>ような気がしますが?
日本全土が徳川家の領知だ という 表現をしてしまうのは ちょっと躊躇があるの
ですが(公儀[=天皇+徳川家]の領知というのが正確なのかな? 正確なところを
よくわかっていないですけど(^^;)、各大名はそれぞれの領知を将軍から一時的に
預かっているにすぎず 領民はその大名に人的に服属しているわけじゃないので、
「それぞれの領地を支配することを承認」という表現を使うのも 躊躇してしまい
ます。
それに 江戸幕府というのは もともと軍事を請け負う武士という存在による軍事政
権で、諸大名は将軍によって軍事動員を受け、その軍事動員をまかなえるだけの経
済力の保証として将軍から領知を受けているわけですし、
将軍との主従関係にはいる中で、国司 -> 守護 のラインで受け継がれてきた 統治
を担う地方官という性格を 各大名が持つにいたっているわけなんですから(だい
ぶん あやふやな知識で書いている(^^;)、
形式面からすれば やはり「大名にそれぞれの領知の支配を委任し」という表現に
なってくると私は判断してます。
もちろん、実質的な内容面からいえば、対馬の宗氏と朝鮮、島津氏と琉球、松前氏
と蝦夷地などの対外関係に見られるように、それ以前から ある程度既成事実とし
て存在していた関係を追認している点を無視することはできないと思います(た
だ、領知がそのままだった大名って 全体のどのくらいの割合なんでしょうね?)。
しかし、その対外関係の例にしても、それらの大名が中世から排他的にその関係を
独占できていたわけではなく、逆に 徳川家から特権を認められ、委任を受けるこ
とによって、その立場を排他的に独占できたわけです。
つまり、一般的な形で表現すれば、
大名たちの 家臣団や領知などに対する支配力の弱さが 江戸幕府という国家権力を
要請した、つまり 幕府からの領知支配の委任という形式を必要とした
と言えるんじゃないでしょうか。
私が考えているのは こんなところです。
つかはら
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