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年度 2014年

設問番号 第3問


次の文章を読んで,下記の問いに答えなさい。(問1から問4まですべてで400字以内)

 美濃部達吉の⒜天皇機関説は,1910年代の憲法論争を経ながら,学界はもとより政界・官界・司法界など広く通説として定着していた。にもかかわらず,1934年秋ごろから軍部・右翼などにより天皇中心の国家体制に反する学説として批判が加えられた。1935年には,美濃部は貴族院で「学匪」と弾劾され,不敬罪で告発されることになる。これを機に広範で強力な機関説排撃運動が展開され,⒝政府は,同年,国体明徴声明を出し,天皇機関説を否認した。

問1 文中にある憲法論争にも触れながら,下線部⒜の天皇機関説を説明しなさい。
問2 下線部⒝の政府の首相をあげなさい。
問3 天皇機関説事件は学問への統制を本格化させる契機となった。これに先だって起きた大学の学問自治が侵害された事件をあげて,その内容を説明しなさい。
問4 学制以降1930年代までの日本の大学の歴史について,教育制度の変遷を踏まえながら説明しなさい。その際に,以下の語句を含めること。
   森有礼,帝国大学,大学令,単科大学


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