年度 2023年
設問番号 第2問
次の文章を読んで,下記の問いに答えなさい。(問1から問4まですべてで400字以内)
日本において新聞は,幕末開港以降,外国新聞の翻訳からはじまった。明治はじめには活版印刷技術の発展などによって,都市部を中心に日刊新聞が創刊された。明治期の新聞は,政治評論を中心として西洋近代思想や啓蒙思想を広める役割をもった大新聞と,瓦版の伝統を受け継ぎ娯楽記事を中心とした小新聞に分化していた。また,政府との間で対立し,新聞紙条例で厳しく取り締まられながらも,農村部など全国各地で新聞が創刊され拡大した。加えて,政府の国内外の政策について,激しく意見がかわされ,特に対外戦争に関して,賛成・反対の立場で論戦を行うなど,紙面をにぎわした。
第一次世界大戦以降,発行部数で100万部を超える新聞が登場するとともに,総合雑誌や週刊誌が新たに創刊された。ラジオの登場もあわせてマスメディアが発展したのである。満州事変期には,中国各地での日本軍の戦闘行為に関する記事が新聞に連日掲載されるようになった。人々の戦意高揚,戦争熱をあおる行為に新聞などのマスメディアが加担することとなった。
問1 森有礼を中心に洋学者らによってつくられ,雑誌を発行するとともに啓蒙主義の普及に大きな役割を果たした団体の名称を述べなさい。
問2 明治初期に新聞紙条例が制定された背景について,当時の政治状況をふまえて述べなさい。
問3 日露戦争において,当時の新聞がどのような立場で政府を擁護,批判したのか,代表的な新聞をとりあげながら述べなさい。
問4 日中戦争の全面化以降,政府は新聞,雑誌などマスメディアとどのような関係を持ったのか,戦時体制とのかかわりから述べなさい。