年度 2007年
設問番号 第4問
テーマ 明治後期〜昭和初期の対外関係/近代
資料文がワシントン会議開催時に書かれたものである点を念頭におけば,「満州」とは南満州権益を指すことはすぐにわかるはず。あとは,権益の内容をもう少し具体的に説明し,獲得した事情(日露戦争の勝利とポーツマス条約)を説明すればよい。
B
問われているのは,石橋湛山のいう「唯一の道」を「その後の日本」が進むことがなかった理由。
条件として,歴史的経緯をふまえることが求められている。
まず「唯一の道」の内容を確認しよう。
資料文のタイトルの「一切を棄つる」であることはすぐ判断できるはずで,資料文に列挙されている表現を使えば,「満州」「山東」「その他支那が我が国から受けつつありと考うる一切の圧迫」,さらに「朝鮮」「台湾」を棄てることである。つまり,<中国における権益と朝鮮・台湾などの植民地>できる。
次に「その後の日本」という表現について,時期を確定しておこう。
資料文が「ワシントン会議を前に発表」されたものである点を考慮にいれれば,ワシントン会議に際しての日本の選択・判断も含まれるだろう。実際,山東省権益こそ中国へ返還した(棄てた)ものの,それ以外の権益や植民地については一切放棄することはなかった。
では,どこまでの時期を対象として説明すればよいのか。
「唯一の道」すなわち「一切を棄つる」の否定は,全ては棄てないという態度で,ワシントン会議に際しての日本の選択・判断がそれであった。ただし,それらを棄てるという選択の余地は,その後にもあったはずである。ということは,いつの段階でそれらを棄てるという選択の余地が消え去ったと考えるか,その判断が求められていると言える。
1920年代後半の政党内閣期における幣原外交と田中外交は,両者ともに中国での権益を維持しようとする態度においては大差なかったと言える。田中内閣は北伐に対して軍事介入したものの,全面的な対決という政策を選択したわけではなく,さらに張作霖という現地勢力に依拠した権益確保という姿勢を放棄したわけではない。
それゆえ,大きな転換点としては,権益の拡大へと転じた時点を考えるのがよい。つまり,現地勢力に依拠することなく日本陸軍の軍事力で権益の確保をはかり,さらに北満州を含めた満州全域の支配をめざした満州事変である。
さて,「唯一の道」を進むことがなかった理由を考えよう。
まずは,ワシントン会議の時点で満蒙権益や朝鮮・台湾などの植民地を放棄しなかった理由である。
石橋湛山が資料のなかで
「英国にせよ,米国にせよ,非常の苦境に陥るだろう。何となれば彼らは日本にのみかくの如き自由主義を採られては,世界におけるその道徳的位地を保つに得ぬに至るからである。」
と書いていることからもわかるように,ワシントン会議での英米日といった列国の基本的な姿勢は,東アジア・太平洋地域における帝国主義的な国際秩序,植民地支配秩序を現状維持することであった。つまり,英米協調という国際姿勢そのものが「唯一の道」を選ばないという姿勢であった。
では,政府は権益や植民地をどのようなものと位置づけていたのか?
山川の『詳説日本史』に「日露戦争後には,対満州の綿布輸出・大豆粕輸入,対朝鮮の綿布移出・米移入,台湾からの米・原料糖移入がふえ」(p.281)と説明されているように,あるいは米騒動後,米価抑制をはかる政府が朝鮮産米増殖計画を進めたことからわかるように,南満州や朝鮮・植民地は資源・食糧の供給地,そして商品市場として重要な意味をもっていた。さらに,第一次世界大戦以降は資本投下のための重要な市場でもあった(在華紡を想起しよう)。ここに,権益や植民地を手放そうとしなかった一端がみてとれる。
次に権益拡大へと転じ,それが政府の政策(国策)が定着した理由である。
まず満州事変をしておきたいが,それとともに満州事変の背景・契機について説明しておきたい。
満州事変は,現地勢力に依拠して権益を維持・確保するという政策を放棄し,南満州だけでなく北満州も含めた満州全域を日本の支配圏下におさめようとする日本陸軍(関東軍)の策動であったが,その契機は北伐進展以降の中国統一化の動き(それは国権回復運動をともなった),五カ年計画以降のソ連の経済的・軍事的成長に対する陸軍(関東軍)の危機意識にあった−もちろん,将来におけるアメリカとの総力戦を想定した陸軍内部の国防戦略との関連も無視できないが,その戦略が具体化するにいたる契機を重視したい−。
そして,満州事変という陸軍の策動は国内政治をして「唯一の道」を選択しえない方向へと導いていく。第2次若槻内閣の協調外交を破綻させ,さらに斎藤内閣のもとで日満議定書の調印,国際連盟脱退へとつながっていく。もちろん,満州事変終結の時点の状態のまま国際秩序が固定される可能性がなかったわけではないだろうが,ワシントン体制下の状態へ戻るという選択肢はほぼあり得ないものとなったし,事実,これ以降,権益拡大,中国侵略という方向が定着していくことになる。