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年度 2010年

設問番号 第1問

テーマ 摂関政治期の貴族社会/古代


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問われているのは,時期:10・11世紀の摂関政治期,テーマ:中下級貴族は上級貴族とどのような関係を結ぶようになったのか。条件として,その背景の奈良時代からの変化にもふれることが求められている。

まず,教科書記述から確認しておく。
山川『詳説日本史』では,
「とくに摂政・関白は官吏の任免権に深くかかわっていたため,中・下級の貴族たちは摂関家やこれと結ぶ上級貴族に隷属するようになり,やがて昇進の順序や限度は,家柄や外戚関係によってほぼ決まってしまうようになった。そのなかで中・下級の貴族は,摂関家などにとり入り,経済的に有利な地位となっていた国司になることを求めた。」(p.62)
山川『新日本史』では,
「国司の任命・審査権を持つ摂関や貴族へ,受領や下級官人層の私的な奉仕もあった。」(p.78)
と説明されている。
このことがらは,資料文(3)と(4)のなかに,より具体的に書き込まれている。「家司」や「侍」として仕え,そのことが受領に任じられて富を蓄えるきっかけとなったり,反乱制圧の任をまかされて地方で勢力を広めるきっかけとなったりしているのである。(なお,「侍」とは武士のことではない。摂関家のような上級貴族に近侍する人びとのことである)

次に,このような関係の形成はどのような事態を背景としているのか。条件からは,その背景が「奈良時代からの変化」にあることが分かる。そこで,続いて「奈良時代からの変化」を考えよう。
ところで,なにが「変化」したのか?
資料文が提示されているのだから,自分の知識だけで考えるのではなく,資料文に即しながら考えていこう。
手がかりとなる資料文は(1)と(2)。両者に共通して書かれているのは「官人の昇進と給与の仕組み」であり,これらの「変化」が問題とされているのだと判断できる。

「官人の昇進」の仕組みについて。
○資料文(1)=奈良時代
  国司は「上級貴族の家柄である大伴家持」が任じられ,地方に赴任している
  →上級貴族の子弟であっても地方官などを経て上級の官職に昇進,つまり能力や功績に応じた昇進
○資料文(2)=摂関政治期
  官人の昇進の仕組みが変質
  中下級貴族が「収入の多い地方官」=国司(受領)になることを希望
  国司(受領)に任じられる(昇進する)順序が慣例化している
 →昇進の順序や限度がほぼ決まってしまっている,つまり官職に任じられる家柄や昇進の順序が固定化

「官人の給与」の仕組みについて。
○資料文(1)=奈良時代
  位階や官職に応じて給与を得た
○資料文(2)=摂関政治期
  給与の仕組みが変質
  中下級貴族は「収入の多い」地方官になることを希望
  →奈良時代の給与体系が崩れ,中下級の官職は収入が少なくなっていると想像してよい
なお,地方官=国司(受領)が「収入の多い」官職として羨望の的となったのは,国司(受領)が中央から国内統治をゆだねられて徴税請負人の性格を強めたからである。国司(受領)のもとに一定の富が蓄積されていることを前提として中央の財政が再編されたことにより,国司(受領)に任じられた貴族は,職務の遂行を通じた私財の蓄積が公的に許容されることとなったのである。

このように官人の昇進・給与の仕組みが変化したうえ,摂関家などの上級貴族が人事に大きな発言権を持っていたため(人事権を握っていたと表現してよい),中下級貴族は上級貴族に私的に奉仕することにようになったのである。

ところで,なぜ官人の昇進や給与の仕組みが変化したのか。
昇進の仕組みが変化したのは,貴族社会の再編が進んだことが背景であり,給与の仕組みが変化したのは,律令の原則によっては中央財政が維持できなっていったことが背景である。両方とも答案に書き込もうとすると字数が完全にオーバーするし,片方だけを書き込んだのでは不十分である。さらに,設問では変化の背景までは問われていない。したがって,こうした背景を答案のなかに書き込む必要はない。
なお,貴族社会の再編について,少しだけ補っておく。
9世紀初,嵯峨天皇のもとで蔵人や検非違使という天皇直属の令外官が創設されて以降,朝廷における天皇の権力が強まり,それにともなって,天皇と個人的に結びついた少数の皇族・貴族が権勢をふるうようになった。具体的には,賜姓源氏(とりわけ初代),天皇の外戚,有能な文人官僚らである。ところが,承和の変以降,こうした少数の皇族・貴族のなかで藤原北家が権勢を掌握するのにともない,貴族社会の再編が進み,上級貴族の地位を賜姓源氏(とりわけ初代)と天皇の外戚としての地位を不動のものとした藤原北家が占めるようになる。その結果,有能な文人官僚が上級貴族にまで昇進することが稀になるなど,家柄により昇進の限度がほぼ決まってくるようになったのである。


(解答例)
奈良時代は能力に応じた昇進,位階・官職に基づく給与の体系が機能していた。しかし,摂関政治期は官職に任じられる家柄や昇進ルートが固定化し,従来の給与体系も崩れた。そうしたなか,受領は中下級貴族が就任することが慣例化し,徴税請負人化にともない私財の蓄積が可能となった。そのため,中下級貴族は人事権を握る上級貴族に奉仕し,受領への任官や地方での勢力拡大の手段とした。(180字)