過去問リストに戻る

年度 2021年

設問番号 第2問

テーマ 鎌倉時代における荘園制/中世


問題をみる

A 問われているのは,13世紀,荘園領主が検注を実施しようとした理由。

まず,検注とは何かを確認したい。
資料文⑵
検注とは
◦土地の調査
◦荘園領主が現地に使者を派遣して実施
→荘内の田地の面積などを調べ,荘園領主に納める年貢の額を決める
資料文⑶
検注が実施されるタイミング
◦荘園領主がかわった時などに実施されるのが慣例
検注とは「土地の調査」であり,「荘内の田地の面積などを調べ」,「荘園領主に納める年貢の額」を決める作業であることがわかる。つまり,年貢徴収の基準を定めるための田地調査であり,荘園領主の荘園に対する支配権と年貢の徴収・収納権を象徴する行為であると判断できる。

資料文⑵から,検注とは,年貢徴収の基準額を定めるための土地調査であることがわかる。
では,荘園領主は何を根拠として検注を行ったのか。このことを考えるため,まずは平安時代後期に広く成立した荘園(中世荘園)がどのようなものであったかを確認しておこう。
・ひとまとまりの領域をもつ‥耕地や山野河海,集落を含む
・不輸・不入の権をもつ‥国衙支配から強い独立性をもつ
・本家,領家,預所,下司や公文ら,名主によって構成される
ここでは,不入の権に注目したい。不入の権とは国衙の検田使や追捕使の立ち入りを認めない権限である。検田使とは課税のために土地調査を行う役人で,その立ち入りを拒否する権限を得ることにより,荘園領主は荘園内で課税のために土地調査を行う権限を国衙から委譲された。荘園領主がこの権限に基づいて行う土地調査が検注である。つまり検注は,荘園領主の支配(領有)権と年貢の収納権を象徴する行為であった。
資料文⑶によれば,検注を実施するタイミングは「荘園領主がかわった時など」である。荘園領主がかわるのは,相続によって代が変わる,譲渡・売買などによって家が変わるなどを想定できるが,いずれにせよ,検注が代替わりに際して領主であることを荘園現地に明示する行為だったことがここからもわかる。

次に,検注において荘内のどのような土地を調査したのかを確認したい。 資料文⑴地頭による開発 ◦荘内の低湿地など荒野を積極的に開発=田地を拡大 …① 資料文⑶代替わりの検注と地頭の対応 ◦新たな領主が検注を予定 →それ以前に開発された田地の検注を地頭が拒否 …②

②から,代替わりの検注では,前代の荘園領主が把握していた田地に加え,新しく開発された田地を調査し,課税対象に組み込むことが意図されていたことがうかがえる。その新しく開発された田地は,①から,地頭が開発したものであると考えることができる。 つまり,荘園領主は検注を実施することによって,地頭が新しく開発した田地を正確に把握し,そこからも年貢をしっかり徴収しようと企図していたことがわかる。


問われているのは,地頭請が地頭の荘園支配において果たした役割。条件として,検注や開発との関係にふれることが求められている。

地頭請とは地頭請所の契約のことで,地頭は荘園領主とのあいだで契約を結び,一定額の年貢・公事の納入を請け負った。承久の乱以降,とりわけ寛喜の飢饉(1231~32年)以降,地頭と荘園領主のあいだでの紛争解決の手段として,あるいは地頭の荘園経営への期待から,各地で地頭請所が増えていった。 関連する情報は資料文⑷に記されている。
資料文⑷
◦荘園領主が検注の実施を主張⇄地頭が拒否 …③
→荘園領主が地頭を幕府に訴える
→鎌倉幕府は「地頭請所であった」ことを理由に検注停止を命令 …④

一般に地頭請所では地頭に荘園の管理いっさいが任されたと言われるが,③をみれば,請所であっても荘園領主は検注を行う権限を留保していると認識していた。つまり,請所だからといって地頭が荘園領主に代わって荘園現地の支配(領有)権を握ったわけではなかったことがわかる。
ところが,④によれば,鎌倉幕府の法廷では「地頭請所であった」という事実を理由として荘園領主による検注の停止(地頭の勝訴)という裁決が下されている。いいかえれば,幕府は契約の内容に関係なく「地頭請所であった」という事実により,地頭が荘園領主の検注を拒否することを認めている。そして,設問Aでの考察を前提とすれば,検注の拒否は荘園現地に対する荘園領主の直接的な支配権の行使を排除することを意味する。したがって,地頭請は,幕府の保護のもと,地頭が独自な支配を進める法的な根拠という役割をはたしたと言える。 「開発との関係」はどうか。
もう一度,資料文⑶を確認したい。②によれば,地頭が拒否したのは「それ以前に開発された田地」を対象とする検注であった。このことを念頭におけば,地頭請所において検注を拒否することは,荘園領主が検注によって荘内の田地数を確認し,それを基礎として地頭の請負う年貢額を決定し直す作業を拒否することと同義である。したがって,地頭は地頭請の根拠として,荘園領主による土地調査・課税を配慮することなく,自由に土地開発を行うことができる環境を確保できたと言える。
さらに,土地開発は灌漑施設の整備などとともに勧農の一環であったことにも注目したい。土地開発は名主など百姓らの生産基盤を整え,それを通じて彼らに対する支配を作りあげる行為の一つであり,地頭請は地頭がそのことを実現する環境を整える役割をはたしたと考えることができる。


(解答例)
A荘園領主は荘園の支配権と年貢収納権をもち,地頭らが新たに開発した田地を正確に把握し,年貢徴収を強化することをねらった。(60字)
B地頭請は,幕府が地頭の検注拒否を公認する根拠となった。そのため,地頭が荘園領主の荘園現地への介入を排除し,自由な開発を進めることを通じて荘民への独自な支配を整える後ろ楯となった。(90字)
B地頭請は,地頭が荘園領主の検注を拒否し,新たな開発地への課税排除を正当化する法的根拠となった。そのため,地頭が開発・勧農を通じて荘民に対して独自な支配を確立することを可能とした。(90字)