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年度 2022年

設問番号 第4問

テーマ 明治中後期と大正・昭和初期における経済発展の質的な変化/近代


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まず,設問A=日清戦争前後,設問B=第一次世界大戦期〜日中戦争期となっていることに注目し,A=繊維工業中心の時期,B=重化学工業が成長し,産業構造が転換していく時期,という諷に対比的に考えていくとよい。


設問の要求は,1880年代半ばから1890年代における労働生産性の上昇をもたらした要因。

まず,労働生産性とその上昇についてリード文で説明されている内容を確認しておく。
◦労働生産性
「働き手1人が一定の時間に生み出す付加価値額(生産額から原材料費や燃料費を差し引いた額)」によって計られる。
◦労働生産性が上昇する要因
 ①「機械など,働き手1人当たりの資本設備の増加」。
 ②「その他の要因」。具体的には「教育による労働の質の向上」,「技術の進歩」,「財産権を保護する法などの制度」。

次に,図(労働生産性上昇率の推移)を確認しよう。
1885〜1899年は上昇率が1.7〜1.8%程度で,そのうちのほとんどは「その他の要因」による上昇率である。したがって,上記の②に列挙されていることがらに即して考えていきたい。

「教育による労働の質の向上」について。
ここで参考にできるのが一つめの史料である。
ここでは,人々の家業に即して実学(読み書き算盤など)を修めるべきことが強調されているが,これは学制(1871年)で各地に小学校設立を進める際の理念であった。そして,学制から教育令(1879年),そして学校令(1886年)を経つつ義務教育を軸とした初等教育制度が整備され,日清戦争後には定着していった。つまり,初等教育の普及により識字・計算能力が広く浸透したことを指摘することができる。

「財産権を保護する法などの整備」について。
二つめの史料,なかでも「固く政府の約束を守りその法に従って保護を受くること」の箇所が参考になる。
1889年に大日本帝国憲法が発布されて法律の範囲内で所有権の不可侵が規定されている。つまり,憲法を中心とする法治国家の体制が整備され,財産権の保護がはかられたことを指摘することができる。

「技術の進歩」について。
この問題での労働生産性は特定の産業部門に限ったものではないので,農業や鉱工業,金融などのサービス業といったさまざまな部門での出来事を想起しながら考えればよい。とはいえ,1880年代半ば〜1890年代といえば,まずは産業革命が思い浮かぶと思うので,工業分野に即して「技術の進歩」を考えていこう。
この工業は綿紡績業や製糸業といった繊維工業であり,綿紡績業では欧米諸国から蒸気機関を採用した機械が導入され,手工業から機械制大工業への転換が進み,製糸業では欧米の技術に学んで在来の技術を改良した器械製糸が座繰製糸に代わって普及していた。つまり,繊維工業を中心として手工業から機械制生産への転換が進んでいたことを指摘することができる。
ちなみに,繊維工業は労働集約型なので,「働き手1人当たりの資本設備の増加」による上昇率が比較的に低かったと考えることができる。


設問の要求は,第一次世界大戦期以後において労働生産性の上昇がさらに加速している要因。

まず,図(労働生産性上昇率の推移)を確認しよう。
第一次世界大戦期以後という時期が設定されているので,1913〜1926年と1926〜1940年の棒グラフを確認したい。その際,設問Aで考察の対象とした1885〜1899年の棒グラフとの対比を意識しながら考えていくとよい。
上昇率は3.0%前後で,第一次世界大戦前と比べて上昇が大きく加速していることがわかる。
要因で言うと,②「その他の要因」も増加しているが,それ以上に①「機械など,働き手1人当たりの資本設備の増加」が増え,1885〜1899年の2倍以上となっていることが分かる。
したがって,まずは①から考え,そのうえで②についても考察していこう。

「機械など,働き手1人当たりの資本設備の増加」について。
第一次世界大戦を通じて重化学工業が大きく成長し,1930年代後半には重化学工業中心の産業構造に転換した。そして,1880年代半ばから1930年代前半にかけて工業生産の中心であった繊維工業が労働集約型であったのに対し,重化学工業が資本集約型であった。したがって,重化学工業の成長と重化学工業中心の産業構造への転換は,労働集約型から資本集約型への転換をともなっていたがゆえ,「働き手1人当たりの資本設備の増加」による労働生産性の上昇に大きく貢献したと言える。

次に「その他の要因」についてである。
「教育による労働の質の向上」について。
第一次世界大戦を通じて都市中間層(新中間層)が増加したことを念頭におけば,高等教育の普及にともなって専門的知識をもつサラリーマンが増加したことに気づく。
「技術の進歩」について。
第一次世界大戦期に電力の普及が進み,工業電力源の蒸気機関から電気への転換が進んだこと,1920年代以降,電気機械・電気化学など電力関連の重化学工業が発展したことを念頭におけば,電力(電気)の普及にともない,中小工場も含めて機械化が広がり,生産工程の合理化が進んだことを指摘できる。
「財産権を保護する法などの整備」に関しては知識がないので,ここまでのデータで答案を作ればよい。


(解答例)
A紡績業などの繊維工業を中心として機械化が進んだ。義務教育の普及により識字・計算能力が広く国民に浸透するとともに,大日本帝国憲法により所有権の不可侵が規定されて財産権が保護された。(90字)
(別解)初等教育の普及により識字・計算能力が広く浸透するなか,労働集約型の繊維工業を中心として機械技術の普及が進み,また大日本帝国憲法により所有権の不可侵が規定されて財産権が保護された。(90字)
B多くの資本を必要とする重化学工業が成長し,1930年代後半に工業生産の過半を占める一方,電力の普及で機械化がより進んだ。中等・高等教育の普及により専門的知識をもつ新中間層が増加した。(90字)
(別解)資本集約型の重化学工業が成長し,工業生産の過半を占めるようになったうえ,電力の普及にともなって生産工程の合理化が進み,高等教育の普及により専門的知識をもつサラリーマンが増加した。(90字)