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年度 1996年

設問番号 第1問

テーマ 国司の地方支配の後退と富豪層の動向/古代


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設問の要求は,(a)国司の職務の妨げとなるどのような事態が起きているのか,(b)どのような「百姓」の動きがこの事態をひきおこしたのか。

まず,与えられた史料が三善清行の意見封事12カ条(914年)であることから“律令制の解体”がテーマになっていることに気づけば,次のような「枠組み」が思い浮ぶだろう。

戸籍・計帳にもとづく公民支配の崩壊→調庸(人頭税)の減収=朝廷の財政悪化
≪原因≫富豪層(富豪の輩・有力農民)の動向
     経営形態:貧農を隷属(私出挙を通じて)・墾田を開発
     国司による国内支配に抵抗…徴税行為を忌避
      +浮浪や偽籍
      +中央の皇族・有力貴族との結びつき

次に史料文について。
設問に「国家財政が悪影響を受け,国司の地方政治が妨げられている」とあるが,それが史料文中の「ただ公損の深きのみにあらず,また吏治の妨げとなる」を現代語に置き換えたものであることはすぐに気づくだろう。
そしてその直前に「牧宰(国司)空しく無用の田籍を懐き,豪富いよいよ井せ兼ねたる地利を収む」とあるが,その「豪富」が“富豪層(富豪百姓)”をさすことも推察できるはず。つまり,国司の地方政治を妨げている「百姓」の動きとは,富豪層の動きである。
さらに,最初の方に「諸国の計帳を見るに,載するところの百姓,大半以上は,これ無身の者なり」とあるのは“浮浪”もしくは“偽籍”に関する指摘であることもわかるだろう(浮浪した百姓のなかからも富豪層が生じていたについては90年第1問を参照のこと)。

史料文の内容は次の通り。
「諸国に勅して見口の数@に随いて口分田を授けんと請うこと」

三善清行は,実在する人数に従って口分田を班給することを提案している。そして,続く文章で現状分析を行っている。
「諸国の計帳を見るに,載するところの百姓,大半以上は,これ無身の者なり。」
諸国の計帳に掲載されている百姓の大半以上は,実在しない者である。つまり,登録されてた者が浮浪していたり,実在していない者が偽って登録されていたりいるケースが非常に多い。
「ここに国司ひとえに計帳に随いて口分田を宛て給い,即ち正税を班ち給いて,調庸を徴納す。」
もともと,国司は計帳(→正確には戸籍)に従って口分田を班給し,そのうえで出挙を行い,調庸を徴収している。
「ここにその身ある者は,わずかに件の田を耕作し,すこぶる租調を進る。その身なき者は,戸口一人,私に件の田を沽り,かつて自ら耕さず。租税調庸に至りては,ついに輸納の心なし。」
実在する者は,班給をうけた口分田を耕作し,租や調などの租税を納めている。ところが,実在しない者の分については,同じ戸の百姓たちが自ら耕作せずに,他人に貸し付けて耕作させ,そのうえ,租や調庸を納めようとしない。
「牧宰空しく無用の田籍を懐き,豪富いよいよ井せ兼ねたる地利を収む。」
つまり,国司のもとにある田籍(口分田を班給した結果を記した帳簿)が全くの無用のものとなってしまっている一方で,豪富の百姓(富豪百姓)たちは,貸し付けた田地からの地子収入により富を蓄積している。
「ただ公損の深きのみにあらず,また吏治の妨げとなる。」
その結果,国家財政が悪影響を受け,国司の地方政治が妨げられている。

(解答例)
律令税制の重い負担を忌避しようとして浮浪・逃亡や偽籍が増加する一方,私出挙を通じて周辺の貧農を支配下におき墾田開発を進めて大規模な農業経営を行う富豪百姓が現れ,彼らは中央の皇族・貴族と結んで国司の徴税行為に抵抗した。その結果,戸籍・計帳による人民支配は形骸化し,班田制の実施や徴税が困難になっていた。(150字)
(別解)農民の階層分化が進むなか,私出挙を通じて周辺の貧農を支配下におき墾田開発を進めて大規模な農業経営を行う富豪百姓が現れた。彼らは浮浪や偽籍を行うと共に,中央の皇族・貴族と結ぶなどして国司の徴税行為に抵抗した。その結果,戸籍・計帳を基礎とする公地公民制は形骸化し,班田制の実施や徴税が困難になっていた。(149字)
(別解)平安前期には,私出挙を通じて周辺の貧農を支配下におき墾田開発を進めて大規模な農業経営を行う富豪百姓が各地に現れた。彼らは偽籍という手段で,口分田を確保しながら調庸など律令制下の租税負担を忌避しようとしていた。その結果,戸籍・計帳による人民支配が形骸化し,班田制の実施や徴税が困難になっていた。(146字)
【添削例】

≪最初の答案≫

平安時代後期になると,公地公民制が解体し,地方政治の腐敗が進んだ。農村では,農民の偽籍や浮浪・逃亡が頻繁に起こり,戸籍・計帳に基づく支配は崩壊した。一方で,大土地所有制が進展し,農地の私有地化が進むと,不輸の権などを理由に納税を拒否する有力農民などがあらわれ,租税に基づく国家財政は窮地に陥った。

> 平安時代後期になると,公地公民制が解体し,地方政治の腐敗が進
> んだ。農村では,農民の偽籍や浮浪・逃亡が頻繁に起こり,戸籍・計
> 帳に基づく支配は崩壊した。一方で,大土地所有制が進展し,農地の
> 私有地化が進むと,不輸の権などを理由に納税を拒否する有力農民
> などがあらわれ,租税に基づく国家財政は窮地に陥った。

文章構成はいいのですが,根本的なミスを犯してます。「平安時代後期になると」と書いているが,史料は「914年」のもの。つまり,史料のなかで指摘されていることがらは10世紀初めの事態だから「平安時代前期」です。「平安時代後期」と表現できるのは11,12世紀のこと。

次に史料に関して。
「偽籍」や「戸籍・計帳に基づく支配の崩壊」について触れているので史料文の内容は一部活用されているが,史料では“口分田の班給”についても触れてある。そのデータについても,わずかであれ,答案のなかで触れておきたい。

最後に,答案のなかのデータについて。
> 不輸の権などを理由に納税を拒否する有力農民

と表現しているのだが,「納税を拒否」という表現を使うのは,本来は納税しなければならない(免税特権をもたない)にも関わらず納税しようとしないケースに対してです。もし不輸の権が認可されているのであれば「納税を拒否」という話にはならない。

また,平安時代前期において墾田は基本的に輸租(貴族・大寺院の初期荘園も輸租が基本)。もちろん,8世紀後半以降さかんに登場する勅旨田(天皇家のため勅旨に基づいて国司が開発・管理する田地)や天皇から特定の皇族らに与えられた賜田などのように不輸租の耕地もあるが,それらは院宮王臣家を対象とするものでしかなく,有力農民を対象とするものではない。彼らが納税を拒否しようとする際に活用するのは“朝廷から認められた不輸の権”ではなく“院宮王臣家との私的な結びつき”です。したがって,土地税(租や公出挙利息)の納入拒否に関して触れるのであれば,前者ではなく後者について指摘しておくのが妥当です。

≪書き直し≫

8世紀になると,重税を逃れるために浮浪・逃亡・偽籍などをはたらく農民が急増する一方,私出挙を通じてそれらの貧農を吸収する富豪農民が登場し,彼らは皇族・貴族と結び,納税を逃れた。このため,戸籍・計帳に基づく公地公民支配は崩れ,国司による班田制の実施・徴税が困難となり,国家財政の悪化を招いた。

> 8世紀になると,重税を逃れるために浮浪・逃亡・偽籍などをはたらく
> 農民が急増する一方,私出挙を通じてそれらの貧農を吸収する富豪
> 農民が登場し,彼らは皇族・貴族と結び,納税を逃れた。このため,戸
> 籍・計帳に基づく公地公民支配は崩れ,国司による班田制の実施・
> 徴税が困難となり,国家財政の悪化を招いた。

ほぼよいのですが,冒頭の「8世紀になると」という文章をなぜ挿入したのですか?

前回のメールにも書いたけれども,史料文は10世紀初めに書かれたもの。となると,2世紀も以前の状況が述べられていると判断したのですか?史料文=三善清行の意見封事十二箇条が政治意見書であることを考えると,そんな以前の話を持ち出して政治改革を提案するというのは荒唐無稽じゃないですか?自分の持っている知識をただ単に表現するのではなく,問題そのものをもう少し丁寧に読み解いてください。

また,
> 私出挙を通じてそれらの貧農を吸収する富豪
> 農民が登場し
の部分についてです。

富豪層が私出挙を通じて貧農を吸収したことそのものは適切なのですが,“浮浪・逃亡や偽籍を働いた農民=貧農”という理解は間違っていますので,訂正しておいてください。具体的には1990年第1問を参照のこと。

≪書き直し2回め≫

農民の階層分化が進む中で,重税を逃れるために浮浪・逃亡・偽籍などをはたらく農民が急増する一方,私出挙を通じて貧農を吸収する富豪農民が登場し,彼らは皇族・貴族と結び,納税を逃れた。このため,戸籍・計帳に基づく公地公民支配は崩れ,国司による班田制の実施・徴税が困難となり,国家財政の悪化を招いた。

O.K. です。