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年度 1999年

設問番号 第3問

テーマ 江戸時代の商家の相続/近世


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設問の要求は,江戸時代の有力な商人の家における相続の特徴。条件として,(a)武士の家における相続のあり方との対比,(b)示された文章に見られる長男の地位にふれること,が求められている。

条件(a)(b)について。
“武家の相続”は長子単独相続だったが,けっこう見落としている受験生が多いのではないか。ただ,文章(2)に「天子や大名において,次男以下の弟たちはみな,家を継ぐ長男の家来となる」とあることに注目すれば,長男が単独で相続していたというデータを引き出すことが可能だ。そして,同じ文章(2)に「下々の我々においても,次男以下の者は,長男の家来同様の立場にあるべきものだ」とあるのだから,“商家の相続”も長子単独相続だったことがわかる。
しかし,同じなのなら“武士の家とくらべてどのような特徴をもったのか”という問いの意味がない。(3)に「長男の成長が思わしくないときは,これに相続させず,分家などの間で相談し,人品を見て適当な相続者を決めるように。」とあり,(4)に「血脈の子孫でも,家を滅亡させかねない者へは家の財産を与えてはならない。このような場合には,他人でも役に立ちそうな者を見立て,養子相続させること。」とあることを参考にすれば,相続者の選定には“能力・資質”という観点も重視されていることがわかる。長男がいても,相続者としての“能力・資質”が欠ける場合は,次男以下の者や他家からの養子に相続させるというのだ。示された文章群からすれば,これが“武家との相違”だと推定できるだろう。その点を明確に表現していくことが必要だ。

なお,教科書でどう記述されているのかを確認しておく。
山川では
「武士や有力な百姓・町人の家では,家長(戸主)の権限が強く,家の財産や家業は長男をとおして子孫に相続され,その他の家族は軽んじられ,女性の地位は低いものとされた。」(p.174)
三省堂では,
「家と家との間には家格があり,一族内では本家が分家や別家よりも格が高く,家族のなかでは家長が家族に対して絶大な権限をもった。こうした風潮は,経済力が増して家柄や財産などを重んじるようになった町人や農民におよんでいった。さらに家の財産と職業を長男が相続する長子単独相続が一般的になると,身分を固定したものとみなす考えが強まった。」(p.163-164)
このように書かれているが,武家と有力な商家での相続のあり方の違いについては記述されていない。そういう意味でこの問題は,背後にある根底的なテーマを洞察させることをねらったものではなく,与えられた文章を要領よく要約させることをねらったものでしかないともとれる(私の浅薄な判断かもしれないが)。

#三省堂(改訂版)からの引用部分の最後に「身分を固定したものとみなす考え」とあるが,この「身分」とは身分集団の内部における階層(家格)をさすもので,身分集団そのものを指すものではないように思われる。


(解答例)
武家と同様,有力な商家でも長男による単独相続が原則であった。しかし,武家の財産が固定的な家禄であるのに対し,商家の財産は経営状態に左右されたため,相続者には経営者としての資質・能力が求められ,次男以下の者や他家からの養子が相続することもあったが,女子は他家へ嫁ぐものとして相続権を認められなかった。
【添削例】

≪最初の答案≫

武家における相続は長男のみが相続対象となる長子単独相続であった。一方,有力商人の家においても基本的には武家と同様であったが,家の存続を非常に重要視していたため,長男が能力や性格において相続者に適さない場合はそれ以外の者への相続もあった。また,女子については相続対象とみなさず他の家へ嫁がせた。

全体としてはよく書けていますが,このままだと5段階のうちBかCくらいの評価しかもらえないでしょう。
一番問題なのは,「家の存続を非常に重要視していたため」という箇所です。
長子単独相続の武家と違って,商家では長男以外のものも相続者候補と考えられていたことの根拠として“家の存続”の重視をそこで指摘しているわけですが,では,武家では“家の存続”はそれほど重要視されなかったのか。君の表現だと,武家では商家ほど“家の存続”を重要視していなかったと受け取れますが,果たしてそうでしょうか。もう一度考え直してみてください。

次に,「相続対象」という表現です。この表現は一般には「相続されるもの」という意味で受け取られるため,不適切です。「長男のみが相続権をもつ」「女子は相続権を持たず」などと“相続権”という表現を用いる方が適切です。

それから,女子についてです。「相続対象とみなさず他の家へ嫁がせた」とあるが,女子に相続権が認められていた鎌倉時代の武家社会においても,女子は他家へ嫁いでいます。それに,他家に嫁がなければどこへ嫁ぐのですか(一生独身を通す場合はともかく)。他家に嫁ぐ身だからという理由で相続権を認めなかったことと,相続権を認めなかったために他家へ嫁がせたというのは全く違う話ですよ。

この第3問のような資料文の要約で済んでしまいそうな,そういう意味で簡単に見える設問こそ,細心の注意を払って解かなければダメです。肝に銘じておいてください。

≪書き直し≫

有力商人の家でも武家と同様に長子単独相続が原則であったが,武家に比べ,家業や財産を守る能力が相続者には必要で長男には幼少期から教育が施された。一方で,長男にそのような能力がみられない場合,次男以下,養子までが相続者の対象となることもあった。また,女子は他家に嫁ぐものとして相続権を認められなかった。

OK です。