年度 2013年

設問番号 第3問


次の⑴〜⑷の文章を読んで,下記の設問A・Bに答えなさい。

⑴ 江戸幕府は,1615年の大坂夏の陣で豊臣氏を滅ぼした後,伏見城に諸大名を集めて武家諸法度を読み聞かせた。その第1条は,大名のあるべき姿について,「文武弓馬の道,専ら相嗜むべき事」と述べていた。
⑵ ついで幕府は,禁中並公家諸法度を天皇と公家たちに示した。その第1条は,天皇のあるべき姿について,「第一御学問なり」と述べ,皇帝による政治のあり方を説く中国唐代の書物や,平安時代の天皇が後継者に与えた訓戒書に言及している。
⑶ 1651年,新将軍のもとで末期養子の禁が緩和され,1663年には殉死が禁止された。これらの項目は1683年の武家諸法度に条文として加えられた。
⑷ 1683年の武家諸法度では,第1条は「文武忠孝を励まし,礼儀を正すべき事」と改められた。

設問
A ⑴・⑵の時期に,幕府は,支配体制の中で大名と天皇にそれぞれどのような役割を求めたと考えられるか。2行以内で述べなさい。
B 1683年に幕府が武家諸法度を改めたのは,武士の置かれた社会状況のどのような変化によると考えられるか。3行以内で述べなさい。


解法のヒント