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筑波大学 個別学力検査等試験問題【前期日程】(日本史B)

年度 2012年度(平成24年度)  設問番号 第3問

テーマ 禁中並公家諸法度


次の史料は,荻生徂徠が,八代将軍徳川吉宗に提出したとされる政治に対する意見書『政談』の一部である。史料中の下線部①,②を具体的に説明しながら,この時期の武家社会について論述せよ。(400字以内)

ー,国ノ締リヲ付ルコト大概右ノ条々ニ尽セリ。去ドモ畢竟〔ひっきょう〕ノ所,武家ヲ矢知行所ニ置ザレバ締リノ至極ニ非ズ。夫〔それ〕ノミナラズ,武道ヲ再興シ,世界ノ奢ヲ鎮メ,武家ノ貧窮ヲ救ノ仕形,比外更ニ有ルベカラズ。
 先第一,①武家御城下ニ集リ居ハ旅宿也。諸大名ノ家来モ,其城下ニ居ルヲ江戸ニ対シテ在所トハ雖〔いえど〕モ,是又己ガ知行所ニ非レバ旅宿也。其下細ハ,衣食住ヲ始メ箸一本モ買調ネバナラヌ故旅宿也。故ニ武家ヲ御城下二差置トキハ,一年ノ知行米ヲ売払テ,夫ニテ物ヲ買調へ,一年中ニ遣〔つかい〕キル故,精ヲ出シテ上へスル奉公ハ皆御城下ノ町人ノ為ニ成也。之〔これ〕ニ依リ御城下ノ町人盛ニナリ,世界次第二縮リ,物ノ値段次第ニ高値ニ成テ,②武家ノ困窮,当時ニ至テハ最早スベキ様モ無クナリタリ。
 (『政談』巻之一 日本思想大系による。表記の一部を書き改めた)
注)畢竟:ついには,つまり  旅宿:旅の際の宿


【解答例】
幕藩体制が安定した17世紀後半以降,一般武士の城下町への集住が進んだ。幕府・諸藩の政治機構が整備され,さらに諸藩によっては地方知行制から俸禄制への転換がみられるなか,武士は城下町へ集住して政治機構を担う官僚としての性格を強め,所領とそこでの生産から離れて生活する,いわば旅宿,旅の際の宿住まいのような境遇におかれていた。そのため,武士は所領から徴収した年貢米,あるいは幕府・諸藩から給付された俸禄米を販売して貨幣を入手し,貨幣によって生活に必要な物資を調達しなくてはならなかった。ところが,都市での消費生活の発達にともなってさまざまな商品に対する需要が増大し,米価に比べて諸物価が高値になる傾向が強くなり,武士にとっては消費支出が増大する一方で年貢米の販売収入が相対的に減少する事態が広がった。幕府・諸藩も財政難に悩まされており,武士の財政的な困窮は対処しようもないほどになってしまっていた。(395字)