[テーマ/目次] 

神仏習合

メールでの質問への応答です(2002.6.16)。



> 神仏習合はどのように発展していったんですか?(やっぱ段階ごとに発展す
> るんですか?)

初期,つまり奈良時代の段階では,神々への信仰と仏教とが融合し始める段階
です。たとえば,
神社の境内に寺院(神宮寺)や僧形の神像が作られたりなど,神々への信仰の
なかに仏教が浸透していったり,また,神々が仏法を守護する神として仏教の
もとに取り込まれていったり(宇佐八幡宮が大仏造立に積極的に協力するなど
),という形をとります。
それが平安時代に森羅万象を仏の化身ととらえる密教が導入されると,より一
層,神々への信仰と仏教の融合が進みます。災厄をもたらす原因と考えられた
怨霊(悪霊)‐神のひとつ‐を密教のもとで鎮める御霊会が盛行するのがその
一例ですし,また神前での読経が増えてくるのも,古くからの山岳信仰が修験
道という形を取り始めるのも,同様です。

そして,こうした融合を前提として,平安時代中期以降,本地垂迹説が成立し
ます。神を仏の仮の姿と考え,神々を壮大な仏教の体系のもとに完全に取り込
んでしまうものです。
とはいえ,逆にいえば,神々の信仰が仏教を借りることで信仰の体系を作り上
げたとも評価できます。つまり,もともと体系性の存在しなかった神々の信仰
が体系をそなえた宗教=神道として成立するようになった,とも言えます(こ
こから神道が仏教という外皮を取り除いて独自の宗教として成長するにはまだ
まだ時間が必要ですが)。