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年度 1977年

設問番号 第2問

テーマ 律令制下の相続制度・武家社会における相続制度の推移/古代・中世


問題をみる
設問の要求は,奈良時代から戦国時代にいたるまでの(1)相続制度の推移と(2)女性の地位の変化の大勢。
条件として,資料文(A)〜(F)を参考にすることが求められている。

資料文を引用する必要はないのだが,まずは資料文の内容を把握しよう。
(A)養老律令−奈良〜平安時代−
男女ともに相続権をもち,分割相続。未婚女性の相続分は少なかったが,妻の相続分は嫡子と同等。
(B)(C)御成敗式目−鎌倉時代−
女子も所領相続権をもつ。親権が強く,父母は子息の所領相続権を完全に左右することができる。
(D)鎌倉後期の御家人(在地武士)が作成した文書
女子の所領相続を一期分とした。
(E)南北朝期の在地武士の譲状
所領の分割相続をやめ,「嫡庶を問わず器量のある者一人を選んで」その人物に単独で相続させる。男子がなければ女子一人だけに相続させる。
(F)(G)長宗我部元親百箇条−戦国時代−
家臣の所領相続の決定権を主君が掌握する。
女性は独立した人格としては尊重されていない。

次に,答案の論旨をどのように作るかを考えよう。
女性の地位の変化が論旨の1つであることは設問の要求からして当然のことだが,(B)(C)や(F)の内容を判断すると,所領相続の決定権をを誰が握っていたのか,その変化も論旨の1つとすべきであることがわかるだろう。

律令制期
 財産は分割相続。女子も相続権をもつ。
 妻の地位は高かった。
鎌倉時代(武士社会)
 所領は分割相続。女子も相続権をもつ。
 所領相続の決定権は親がもち,幕府(主君たる将軍)の決定よりも優先。
 母親も父親と同様の権限を子どもに対してもっていた。
鎌倉後期〜南北朝期
 所領相続が分割相続から惣領による単独相続へ移行:所領の細分化を防止。
 その過程で女子の相続権は本人一代限り(一期分)となる→女性の地位低下
戦国時代
 家臣の所領相続の決定権を主君が掌握。
 女性は独立した人格とは扱われなくなる。


(解答例)
律令制度のもとでは財産は分割相続され,女子も相続権をもち,妻の地位は高かった。鎌倉時代の武家社会でも同様であったが,子どもの所領相続については父母を問わず親の意志が主君たる将軍の決定よりも優先された。ところが,分割相続のくり返しが所領の細分化を招いたため,鎌倉後期以降,相続法が次第に転換する。まず,所領が他家へ流出することを防止するために女子の相続権が本人一代限りとされ,さらには惣領による単独相続へと転換して庶子や女子の相続権は否定された。その結果,一族間の内紛を招いて,次第に所領相続の決定権が主君によって掌握されるようになる一方,女子は地位を低下させ,夫に従属する存在と扱われるようになった。